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後日、室賀くんに誘われて、仕事のあとにダイニングバーヘ赴いた。
見た目にもかわいいタパスに舌鼓を打っていたら、彼が申し訳なさそうにつぶやく。
「俺、こういうオシャレな店、慣れてないんだ。なにか失敗したらゴメン」
スマートにエスコートされるのも素敵だけれど、ちょっと居心地わるそうにしている彼を見て、キュンとした。
それでも一生懸命に選んでくれたんだ、と思うと、料理がさらに美味しくなる。
「私も。おかげで、どの味も新鮮だね」
すると、相手はホッとして目を細めた。
初めのうちは、お互いぎこちなかったけれど、同じ料理を楽しむにつれて会話もほぐれた。
それぞれの趣味に話がおよんだとき、二人ともあるロックバンドが好きだと分かり、その話題で盛り上がる。室賀くんがポツリとつぶやいた。
「ツアーが始まったらライブに行ってみたい」
「きっと、楽しく過ごせるね」
つい主語をぼかしたけれど、彼が微笑を浮かべて見つめてくるところからすると、やっぱり『一緒に』なのだろうか。
連れ立ってライブに行くことを想像する。同じものを好きな誰かと一緒なら、より盛り上がるに違いない。
室賀くんがミュージシャンに傾倒している、ということは意外だった。ライブではどうなるんだろう? 表情は変わらなくても、内心ではしゃいだりして?
想像して笑ってしまった。
彼が不思議そうな顔をする。
「どうかした?」
「室賀くんってライブで弾けるタイプ?」
「そんなことはないけど、テンションは上がる」
「いつもとは違う一面が見られそう」
「いや、べつにへんなことはしない……と思う」
私がクスクス笑うと、彼は困った顔をした。
精算時、室賀くんは「自分が誘ったから」と奢りたそうにしたけれど、ここだけは私も譲らず割り勘にした。
「美味しい店を探してくれて、楽しかったから」
すると彼は、照れて笑顔になった。
駅へ向かおうとしたところで、室賀くんがこちらの手を取る。それをつなぐのは初めてではないけれど、予想していなかった私は驚く。
誰かにバッタリ会ったら恥ずかしいが、こうすること自体は嫌じゃない。
歩きはじめた相手に従う。
彼はこういうことが好きじゃなさそう、というイメージを持っていたので、ギャップに戸惑う。
手をつないでいるだけなのにドキドキする。チラッと横顔を窺うと、表情は変わらないけれど、相手も緊張している気がした。
辺りは飲食街のため、いろんな人が行き交う。団体とすれ違うときは、室賀くんは道の端に寄って、私を守ってくれる。
あっという間に地下鉄の出入り口に辿り着いた。
ここから私たちはべつの線に乗る。分岐点で彼に声をかけた。
「ここでいいよ? 今日はありがとう」
「うん。そっちの改札まで行くよ」
つないだ手をキュッと握られる。
やがてこちらの改札までやってきたが、お互い手を離せない。本音を言えば、サヨナラするのは名残惜しい。でも明日も仕事だ。
私は隣人を見上げた。
「私、行ってみたいカジュアルレストランがあるの。次に付き合ってくれない?」
「もちろん」
「約束ね?」
彼は嬉しさを抑えきれない様子で「必ず」と応じてくれた。
そうして離れ、私が「それじゃあ」と言うと、相手はうなずく。
改札を通ったあと、見守る彼に手を振れば、室賀くんは照れくさそうに振り返してくれた。
私はフワフワした心地で、ホームへの階段を下りていった。
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