なんでもない日 その2

1/1
690人が本棚に入れています
本棚に追加
/34ページ

なんでもない日 その2

◎本編後数ヶ月 秋 とある日曜日 ☆今日の夏希さん☆ ⚫トップス くたっと着古したオフホワイトのロンT 水彩絵の具をあちこちに滲ませたカラフルなイタズラ描きみたいな模様が全体にある 夏希が自作 ⚫ボトムス 真っ青なテロテロ生地のサロペット ⚫靴 かなりユーズド感のある、つま先が丸いキャメルの革靴 ⚫アクセサリー 眼鏡 リムとブリッジ、先セルは滑らかな黒 テンプルはゴールド 度入り、ブルーライトカットレンズ 夏希が変な格好でテレビゲームをしてる。 立った状態からそのままストンと座り込んだ体勢で、膝に二の腕を乗せる形で手を前へ伸ばしてコントローラーを操作する。 ソファに座るとか床に胡座をかくとか、もっと楽な姿勢があると思うけど、本人によるとゲームがメインじゃないからこれが一番いい、んだそうで。 大体アイデアが出ないとか上手くまとまらないとか、そういう時にこの格好でいる事が多い。 夏希は痩せてるから、しゃがむと折りたたみ式の何かみたいにコンパクトになる。こっちが思ってるよりは、疲れないのかもしれない。 眼鏡を掛けてるってことは、目のコンディションが悪いってこと。かなりの近眼でいつもはコンタクトをしてるけど、寝不足が続くとコンタクトがしんどくなるらしい。 俺は両目とも1.5あって眼鏡やコンタクトとはとんと縁がないからまるきり分からない世界だ。 「だ~~め~~だぁ~~~……」 ゲームオーバーでそのまま横にゴロンと倒れた夏希がしばらくの間じっとして、それから最近お気に入りらしいJポップを口ずさむ。まるで行き倒れたみたいな格好のまま歌を歌ってるって、ちょっと見かなりおかしい。 でも3年も一緒に暮らしてたらそれも慣れた。大体いつもコースが決まってて、テレビゲーム(あるいはテレビでチャンネルサーフィン)、歌、ときてそれでも気が晴れなければ、次の出番は”俺”だ。 あの、俺と夏希がぎくしゃくしてた数か月の空白を経て復活した儀式……儀式っていうのも変だな…… 「哲雄~~……」 ほら来た。 日曜の昼下がり、遅めの昼食を作ってる俺の後ろにやって来て、ぴったりくっついて腹に手を回す。 「いーにおい……」 「お前も食うか?」 「いらねぇ……」 今日は肉うどんの予定でちょうど具が出来た所。夏希が食うなら麺をゆがく量を増やせばいいと思って訊いたけど、王子は食欲がないらしい。 冷凍庫のうどんを取りに行ったりザルを用意したり、動くのの邪魔になるから俺の腹に回ってる夏希の手を外した。 夏希は抵抗せずに横にポツンと立って、てろんとした青いサロペットの裾が色の白い裸足の足の甲に乗ってて、なんか寂しげでさ。 固まった四角の冷凍うどんを沸騰した鍋に入れて、夏希の方を向いた。 どうしたいかは分かってる。 ちょっと笑いながら両手を広げてやると、夏希が少し後ろへ下がって、大きく振りをつけて俺の方へ飛びあがって、しがみついて。俺は片手で夏希のケツを支えてクッキングヒーターに向かい、菜箸で固まっていた冷凍うどんをほぐした。 夏希自身がしがみついてるし、さして重くもない。けど、背はそれなりにあるからやっぱ邪魔でさ。 菜箸を鍋に渡すように置いて、夏希のケツをポンポン叩いた。 「夏希。やっぱ後にして」 「やだ」 俺が黙ったまま片手作業を続けてると、やだ、と言った王子はずるずる俺から降りて、「あ~~もーいやだ~~南の島に行きたーーーい」と、頭の後ろに手を組んでリビングの方へ行ってしまった。 それから、壁に向かって逆立ちしてみたり、ベランダへ出てみたりしてたけど、電話が掛かってきたのに応対したかと思ったら「ちょっと出てくる」と出かけてしまった。 電話の主は、友郎。 特に心乱されることはないけど、同業である二人だけが分かり合える世界があるのを感じた時には、少し羨ましいような、複雑な気持ちになる。 友郎があんなフランクで人懐っこい男じゃなかったら、恋人の元恋人と今みたいに親しい関係にはならなかったと思うけど、未だ夏希に未練があることを欠片も隠さない危ない男だけに、親しい関係性を保つことには十分なメリットがあった。 会うな、とは言えないし、言いたくない。 でもまるきり何にも感じない、という訳にはいかなくて、俺は出来上がった肉うどんの甘辛い味と匂いを堪能することで、鬱陶しい思考の余韻をうやむやにした。 30分ほどで、夏希が片手に袋をさげてご機嫌に帰ってきた。 「友郎が美味いプリン見つけたって、くれた」 俺の分と夏希の分をテーブルに出して、嬉しそうにキッチンに駆けて行ってスプーンを取ってくる。 箱の中の付属のプラスチックのスプーンは美味さが半減するから嫌なんだそうだ。 食う前には外装の箱のデザインやらプリンの容器の形やらをしげしげと観察。そして美味い美味いとプリンを半分まで食った時、突如何かを思いついた顔で立ち上がり、慌てて自分の部屋に走って行った。 それきり、戻ってこない。恐らく何かいいアイデアが浮かんだんだろう。 アートに携わる人間の閃きや感性に関わる自由さは、そういうことにからっきし縁がない人間としては羨ましくもある、と思いながら、俺は主がいなくなった食いかけのプリンにラップをかけて冷蔵庫にしまった。 END
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!