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奮発した分厚い肉を筋切りしながら何を考えてる訳でもないのに気づけばぼんやり手が止まってて、2枚の肉に下準備をするだけで随分時間がかかってしまった。 夕方6時過ぎ。いつもよりもだいぶ早い時間に哲雄は帰ってきた。 廊下を近づいてきた足音がリビングに入る頃に振り向いて「おかえり」と言うと、ただいまと答えた顔が、ダイニングテーブルに用意された、あとはトンカツを待つだけのキャベツが盛られた皿に向けられた。 「作ってくれたんだ」 「うん。久しぶりにね」 なんでもない会話に緊張してる自分がヘンだ。 哲雄は手に提げてたビニール袋を俺に見せるように上げて、「プリン」と独り言のように言ってそれを冷蔵庫に仕舞った。 恋人の好物を用意する俺に、恋人の好物をお土産に買ってくる哲雄。 なんだよ……恋人ごっこかよ…… そう自分にツッコミを入れながら、「先に風呂に入ってくる?」と、自然なカップルの会話の続きを演じてみせる。 哲雄は気まずいような、少し困った顔をして頷き、リビングを出てった。 ここ数か月で出来た溝はそう簡単には埋まらない……ってことか。 仕方がないと言い聞かせるけど、腹は納得しない。 いつの間にこんな関係になっちまったんだって今更なことを追いかけながら、揚げ油の温度を確かめるのに菜箸を入れて、シュワシュワと細かな泡が出てきたのを見て、衣をつけた肉を入れた。 ジュワアアと美味しい音がする。 揚げながら、美味そうに食う哲雄の顔と向かいに座る自分を引きで見て想像してる。 無頓着だった、平凡で幸せな時間。 ああしてくれない、こうしてくれないってばかり考えてたけど、何もしてなかったのは俺も同じだ。 哲雄が何を考え、何を感じてるのか── 新しい仕事のこと、あの俳優のこと、そして……俺のことも……聞こうとしてなかったし、興味を示さないことで俺を大事にしてないことを反省しろ!くらいに思ってた。 「ほんとに終わんの、俺たち……」 ぼそっと呟いて、こんがりと揚がったトンカツをバットの網に置き、次の肉を入れた。 大根おろしがもうじき甘くなる。 揚げたての肉をザクリザクリと切って、スライサーで作った細い千切りキャベツの前に置いて……哲雄が風呂から上がるのに合わせるように、全てが完璧に整えられていった。
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