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オマケ3
仲直りはしたけど、実はびみょーに引っかかってることがひとつある。
引っかかってるっていうか……正確にはどうしようもないことを、自分が気にしてるってことなんだけど。
それは、例の俳優の件。
哲雄が”可愛い”っていう……オカズにもなってた……まだ20代前半の、ピッチピチの男。
一般人じゃねぇし。比べることがそもそも意味ねぇし。分かってんだよ。頭では。
……でも気になる。そういうもんだろ。
その日、哲雄は夜8時を回ったくらいの時間帯に帰って来て、その手には買い物をしてきたらしきスーパーの袋。
あの和解の日から平日でも週に1回は少し早めの時間に帰って来るようになったんだよな。元々そう出来たのか、そうするように頑張ってくれてるのかは分かんないけど。
「おかえり~ 早いじゃん」
「ああ」
「何買ってきたの?」
ダイニングテーブルに置かれた袋を覗くと、中にはピッカピカのアジの刺身が……!う~~~ま~~~そ~~~~!!
「いいねー!今日の晩飯?」
「うん。漬け丼食いたくてさ。お前は?もう食った?」
「食った~~モツァレラとバジルのトマトスパゲティ~」
「おぉ、いいな」
うまかったけどさぁ~~やっぱ旬には負ける!
アジ……アジね。明日は俺もアジにしよう。
哲雄はそのまま風呂に行ってさっぱりして戻って来ると、テーブルの上のアジの袋を取ってキッチンに入り、晩飯の準備に取り掛かった。
俺は、キッチン向かいのカウンターテーブルのハイチェアにケツを乗っけて、哲雄の手元を見てた。
小鍋に酒、みりん、しょうゆを入れ、煮立たせて放置。その間に隣で味噌汁の準備をする。ほうほう。今日はじゃがいもとわかめの味噌汁ですか。新じゃがも生わかめも美味い季節だもんな~……
それからどんぶりに白飯を注いで、漬けダレの粗熱が取れたところに摩り下ろしといたしょうが、すりごま入れ混ぜて~そっからメインのアジ投入。
アジの刺身のパックを開けるのに、後ろから剥がさずにピンと張ったラップの表面に指をかけるようにして破くのが哲雄。そういう所は雑。
黙々と作ってく。まだ10分くらいしか経ってないけど、あとは味噌汁用の味噌を溶いて、丼にアジを盛り付けて完成。
哲雄も俺も一人暮らし時代に自炊してたし、料理が好きだから、手際は良い方。
前に付き合ってたやつは皆全然ダメで俺が作ってやってばっかだったから、哲雄が料理するって知った時は感動したよなあ。はは、懐かしい。
どんぶりに盛られた飯の湯気が大人しくなったら大葉を敷いて、その上に漬けダレごとアジをど~んと入れて、それから新鮮なネギを小口に切ってパラパラパラ……うっわ、めちゃうまそう。
「哲雄~~~アジ。ひとくち」
「お前、俺のメインを」
「あ~~」
カウンター越しに口を開けたら、哲雄が菜箸で一口分を運んでくれて、こっれがまた旨くて。
「ちょー旨い!!」
「だろ」
「明日は俺も漬け丼にしよ。絶対」
「お前すぐ感化されるよな」
ふ、と笑った哲雄がダイニングテーブルに出来たての丼と味噌汁を置いて、晩飯の完成!
お供のビールを哲雄がいい音をさせて開けたから、そんなの、俺も黙ってらんないじゃん。
冷蔵庫から取ってきたよ。本日二本目。
あーあ。早く帰ってくるなら晩飯もうちょっと後にすりゃ良かったなあ。やっぱ一緒に食べた方が旨いし、楽しいし。
哲雄がテレビを付けて、大きめのひと口を掻っ込む。さすが元運動部の男って感じでさ、見てて気持ちがいいくらい次々口の中に入ってく。
テレビに目を移せば、バラエティー番組がCMに入るとこで……その一発目が、件の俳優の歯磨き粉のCMだった。
微かに緊張してた。別に好きな俳優くらいいるよ誰だって。そう思ってるのに、哲雄の視線を意識してしまう。
どこを見てるのか、とか。何想像してんのかな、とか。
努めて気にしてない風を装ったのにさ。哲雄のやつ……言わなかったんだよ。可愛いって。
そうなったらそうなったで気になるだろ。
だって絶対思ってるくせに。いつもあいつが出たら「お、可愛い」ってボソッと言ってたのに、なんにも言わない方がむしろ不自然だっつーの。
かといって、「可愛いよな」って振るのもおかしい。だって思ってねぇし。俺の好みじゃないのをさっ引いたとしても、可愛い、とは思わねぇしさ。
つか、あいつと俺の共通点なくない?
ってことは俺は哲雄にとって”可愛い”わけじゃねえってことか…………
いいけど。現に付き合ってる訳だし。
理想と現実は違うってことだろ。
「……」
哲雄は俺の理想のドンピシャだけどな。
「……」
「見たい番組があんのか?」
「へっ?」
「変な顔してるから」
見ていいぞ、ってこっちにチャンネルを差し出してくる哲雄。
変な顔って。言うに事欠いて、変って……
哲雄が深い意味で言ったんじゃないのは分かってんのに、あいつが関わるとなんか拗ねた気持ちになるんだよ……なんたって、哲雄のオカズだったんだから……!
「どーせ変な顔だよ」
わざとらしくフンってやってやる。哲雄は案の定、変なやつとでも言わんばかりに口の端で笑って受け流して、またテレビを見始めた。
腹立つなー……いや、理不尽だとは思うけど。俺は哲雄の顔が理想なのに、と思うと悔しいっつーかなんつーか……
モンモンとしながら、それでもテレビを見続けてたらうやむやになってきてたのに、次のCMでまた出やがったんだよ……さすが人気俳優。
おまけにまた、言わなかった。哲雄が、可愛いって。もう黙ってらんなくなって「可愛いって言わねぇの」ってチラリ横目で哲雄を見た。
そしたらさーーー…………なんか、すっげー含みのある目線を返してきて、なんか、こっちの考えてることぜーーーんぶ分かったみたいな……
「もう言わねぇよ」
「なんで?言っても俺は別に──」
言いかけて、口ごもった。
なんなんだよ、その目!くっそぉ……
ビールを一気飲みして立ち上がり、缶を洗いに流しへ行くと、後ろから哲雄が食器を下げについてくる。
場所を入れ替わるようにそこを退けたら、哲雄が流しの中へ食器を置いて「夏希」って呼び声で俺の動きを止めた。
そしたらふっと吹き出して
「お前、可愛いな」
って……可愛いな、がリフレイン……
いや、ここで喜ぶのはどうなんだ……お手軽すぎるだろ……俺が求めてた”可愛い”は、こういうヤツじゃないし……!純粋な、顔の造作のことをだな……
「今夜、夏希の部屋でいい?」
哲雄がスポンジに洗剤を出しながら訊いてくる。ふわんと鼻に届いたオレンジの香り。
なんか上手い具合にコントロールされた気がしなくも無いけど、断る理由がどこにも無い。
「もっかいシャワー浴びてくる」
そう言ってキッチンを出た。
結局気になってる問題は何ひとつ解決してないけど、哲雄が求めるのは俺なわけだし。ふん。
俺は笑いそうになる口を変に我慢しながら、脳裏に浮かんだ俳優に舌を出した。
END
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