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えっとー……えーーっと……なんで? いや、行きたいよ?佐野さんち、ちょー行きたいけど……待って、これ友達同士だとしたら別に普通か。いやそれも用事があればの話で…… 「前、『おいしんぼう』を紙で読みたいって言ってただろ」 「あ……あ~それで!」 確かに言った。前の飲みの時に、スマホで読んだ料理漫画を現物で読みたいって。佐野さんが全巻持ってるっていうからさ、前振りしとけば「読みに行きたいなー(ハート)」っていう一気に親密作戦も使えるな、いつかって思ってたよ。確か。 けど、こんなすぐその時が来るって思わねーから…… つか佐野さんも言葉はしょり過ぎなんだよ!「前言ってたマンガ、読みに来る?」とか訊いてくれたら良かったのに! すっかり忘れて変に勘ぐった自分がちょー恥ずかしいじゃん! まったく……俺がゲイだって分かっててさぁ……信頼してくれてんのは嬉しいけどさぁ……まぁ俺が襲い掛かったとして太刀打ち出来るわけもないから心配無用ってことなんだろうけど。つか襲い掛かりたいんじゃねぇって。襲い掛かられたいんだって。 脳内でぶつぶつ言いながら、「ここから電車で一本だから」って改札を抜けた佐野さんの後を追いかけた。 割合すいてた車内の空いた席に並んで座ると、夜景を背景に鏡になった向かいの窓に佐野さんと俺が映ってて、肩の高さの違いにキュンとした。やっぱ佐野さんおっきいって。 俺も小さい方ではないけど、線が細いっつーか、幅が薄いっつーか、とにかく佐野さんと並ぶと一回り以上に違うように見えた。そこがよりイイ。俺今まで特にマッチョに惹かれることもなかったから、こういう萌えが自分の中にあったのは新たな発見。 「佐野さんって背ぇ何センチ?」 「185」 「やっぱでかいなー……」 即座に脳内で185引く174の暗算。身長差11センチってオイ……いーんじゃねぇ?キスの理想の身長差8センチに結構近い!何が理想なのかは分かんねぇけど。今まで同じくらいか少し低いくらいのヤツとしか付き合ったことねぇからその真意は謎。 「降りるぞ」 快速で3駅目、出入り口前に移動して、今度は立って並んだ二人の姿を縦長のガラスに映してニヤつきそうになって喉の奥でこらえる。見た感じちょーお似合い。妄想が楽しすぎる。 駅を出て、街灯がぽつりぽつり照らす夜道を歩くこと10分弱。単身者用には見えないでかいマンションが佐野さんの家だった。 事実、8階の2LDKのそこはファミリー向け。佐野さんのじいちゃんがこのマンションのオーナーで少しオマケしてくれてんのと、会社から出る住宅手当でかなり格安に住めてるらしい。 佐野さんちは……世間で言うところの、”男の一人暮らし”って感じ。 玄関からすごい殺風景で、あんま色味がないっつーか……リビングに通してもらったけど、テーブルとかテレビ台とかソファとかインテリア類に統一感がなくて、何かこだわりがあるとは言い難かった。 おそらく、いらないものをもらったとか、サイズだけ見て手ごろな金額のヤツを思いつくままに買ったとか、そんなところ。う……可愛い……出来る男のダメな所(そこまででもない)……萌える…… 俺が妄想を繰り広げながらキョロキョロしてると、別の部屋から佐野さんが両手で抱えるようにして『おいしんぼう』の束を運んできた。 「ここに置くぞ」 リビングのテレビ前にあるローテーブルの上にマンガをどん、と降ろして、それからまた出てって。運んできて、降ろして、運んできて、降ろして……全110巻。 「さ、佐野さん。さすがにあと2時間でこんなには読めないと思う」 「泊って行けよ。明日休みだろ」 お泊りーーーーーー!!!はぁっ!?いやいやいや待って。いろいろ準備出来てない。心も、身も。 「何も持ってきてないし、ほら……着替えとか、歯ブラシとかさ」 「ああ……歯ブラシと下着は新しいのがあるし、寝るだけの着替えは貸すし」 「あ……そっか。えっと……じゃあ……遠慮なく……」 呆然……なんか……なんでこんな流れに……ちょっと頭ん中マンガどころじゃねえしっ!! なんか段階一気に超えたけど、えっこれ普通?? いやだから佐野さんは、気の合う年下の友人にマンガを読ましてやろうっていう、先輩が後輩をかわいがるみたいなそんな愛情で…… 「コーヒー飲むか?」 キッチンから声を掛けてくれる佐野さんの、プライベート感。ぶっはたまんねぇ……なんか、なんかすっげぇ親しい感じじゃん……ほんの一週間前までこの世に存在することも知らなかった人なのに。 ”もし恋人だったら妄想”がリアルになり過ぎて、危険水域に入りそう。 「砂糖とミルク、入れる?」 「あ、ブラックで」 佐野さんは自分のカップにはほんの少し砂糖を入れて、俺の脳内佐野哲雄メモに『コーヒーは砂糖を少々』が書き加えられる。 気づけば猛烈に幸福な状態に置かれてる俺。片思いの相手の家にお泊りでマンガ読んで夜更かしとか……!
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