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#7
佐野さんは肩にタオルを引っ掛けたままキッチンへ行き、冷蔵庫を開けて俺と同じ缶チューハイを1本取り出すと、パシュッといい音をさせてプルタブを開け、ごくごく飲んだ。
食事の時の佐野さんのひとくちも大きいけど、飲むひとくちも多い感じする。ごくん、ごくんって……俺よりも確実に少ない嚥下回数で一缶飲み切りそう。
喉仏の動きにムラムラ……飲み終わりに少し口元に零れたのを、首にかけたタオルの端を掴んでぐいっと拭くのもかっこよくて、つい、じーっと見てしまった。
がっつり、目が合う。
佐野さんが、何?と聞くでもなく、見つめ返してくる。そうなるとかえって目を逸らせなくて、そうこうしてたらそのまま彼がこっちに近づいて来て……
え?何?って鼓動が早くなってくる。だってそんなの……見つめ合って近づく距離ってそんなの、アレっきゃないじゃん。普通そう思うだろ……
けど佐野さんはさっきまで座ってたソファの右端に腰を下ろすと、「どこまで進んだ?」ってさ……なんだ……マンガの話かよ……がっくしだよ、がっくし。そんな言葉が聞きたかったんじゃねーっつーの。
ま……でもそらそうだよな。ノンケなんてそんなもん。俺にさんざん期待させて、最終的には奈落に突き落とす。それがフツー。
「今もうちょっとで3巻終わるとこ。佐野さんこれせっかく出して来てもらったけど、徹夜しても絶対読み切れないと思うよ」
右斜め後ろの濡れ髪セクシー男を見上げながら言って、眼福を堪能する。こうなったらオカズのためのネタ集めをせっせとさせてもらわねーと。
例えば今のシチュなら、悠々と足を組んで座る佐野さんに向かい合わせにまたがるようにして太ももに座り、遊ぶようなキスで彼を挑発して、それに乗った彼が笑いながら俺をソファに押し倒してきて……とか。むふ。いいなぁそれ……
あー……またおいしんぼうどころじゃなくなった。セクシー男のせいだ。
そう思いながら、何気なくまた佐野さんの方を振り返った。
そしたら……佐野さんがまだ俺を見てて。
どきん、と胸が強く打った。それは、もう他に気をやってるだろうと思ってた佐野さんがこっちを見てた、っていうだけじゃない。その、視線が意味ありげで。それは、それはどうにも誤解しそうな──
「……何?」
妙にあいまいな笑みを浮かべながら、伺うように訊いた。
佐野さんは黙ってた。黙ってたけど、やっぱり誤解じゃないと感じてしまうような、さっきまでとは違う目でこっちを見てて……でも何も言わないから、どきどきに従っていいのかダメなのか踏み出せずに、ただ見つめ返してた。
普通だったら居心地が悪くなる長い”間”でも、佐野さんはびくともしない。いつだって俺の方がそわそわした。もちろん、今も……
「何?ってば」
それでも、黙ってる。
俺は目を合わせたままマンガを閉じた。
「このまま徹夜か?」
やっと出たひとことが、それ。
「どういう意味……?」
マンガを徹夜で読むのか?って言ってるんだけど、含まれてるのはそれだけじゃない。
”マンガを読む以外に、したいことがあるんだろ?”
そんな意味。でも俺の頭にはいつだって期待があるから、色々曲げて受け取ってるんじゃないかって思ってすぐには口に出せない。
俺が訊いたのに、佐野さんはまるで自分で考えろと言わんばかりに缶を口に運び、飲み終わりを示すようにくっと傾けて、それからまた手を降ろして俺を見た。
そういう意味に取れる。
どう考えても。
や、でも、ここまで全くそんな素振りなかったのに、なんか盛大に勘違いをしてるのかもしれない……いや、その可能性の方が高い……よな……?
「意外と慎重なんだな」
「え?」
「初対面であからさまにアプローチしてきたから、もっとグイグイ来んのかと思ったら」
佐野さんは可笑しそうに口の端で笑って、少し身を乗り出すようにして空き缶をローテーブルに置き、今度は俺の方へ体を斜めにして座り直して、背もたれに肘を乗せて頬杖をついた。
これは……これは俺の期待とかじゃなくて、もしかしなくても、そういう……
マンガをフロアに置き、縮めた脚の並んだ膝っこぞうを両手で包むようにして考える。
考えて考えて、やっぱりそういう意味しかないよなって……行き着いて。ようやく佐野さんの方へ体を向けた。
佐野さんはさっきから全然体勢が変わってない。ソファに足を組んで悠々と座ってる彼と、フロアにいる俺が、斜めの視線を交わらせる。
「それは、グイグイ来いよってことでいいわけ?」
佐野さんが、空いている方の手の平を上に向けて胸を開くように動かす。まるでアメリカ人みたいなその仕草が妙に様になってて、腹立つほどかっこいい。
「なんだよ……いつからその気だったんだよ」
怒った素振りで立ち上がり、乱暴にどすんと隣に腰を下ろした。
それでも黙ってるから。
俺はさっきした妄想通り佐野さんに乗り上げるように向かい合って太ももに座り、ゆっくりと顔を近づけた。
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