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なんでもない日 その3
◎本編後数ヶ月、秋
☆今日の夏希さん☆
⚫トップス
背中に「神ってる!!」と筆文字でデカデカプリントされた白いロンT
⚫ボトムス
ライトブルーのダメージデニム
⚫靴
素足にコンバース
キャンバスオールスター ローカットのチャコール
⚫アクセサリー
グレーのヘアターバン
今日の晩飯は栗ご飯。哲雄は感化されやすいって笑うけど、昨日の夕方テレビで秋の味覚特集やってんの見たら、もう絶対絶対栗ご飯~~!ってなって、朝から買い物行ってきたもん。
どうせ食べるんならでっかい栗ってんで、いいのを置いてる八百屋に買いに行く。剥いてあるやつだと楽だけど、旨さが全然違うからさぁ……だから作るのはだいたい毎年一回きり。一回作ると皮むきの大変さに懲りてもう一回は作りたく無くなるっていうね。
そういうわけで、さっき死んだ。指が。
鬼皮はぱくっと取れると気持ちいいからそんな嫌いじゃないけど、薄皮だよ、薄皮。包丁で一個一個……美味しい栗、でっかい栗って呪文を唱えながら、ちょー頑張った。水を張った耐熱ガラスのボウルに浸かった淡黄の実が、今か今かと出番を待ってる。
アク抜きしてる間に、おかずの下準備。今日の献立は栗ご飯、キャベツと油揚げの味噌汁、筑前煮。板こん、にんじん、ごぼうにレンコン、絹さや、鶏もも。筑前煮も久しぶりだから、想像だけで美味そうでわくわく。あー今日はご馳走だ!
哲雄は何時頃帰ってくるんだろ。
昨日の夜哲雄も栗ご飯食いたいって言ってたから作ったのは二人前。炊飯器で保温は出来るけど、やっぱ炊きたてが美味いもんなー……間に合えばいいのに。
それもあって割と遅めに晩飯の支度に取り掛かったんだけど、全部出来上がっても哲雄は帰ってこなくて、仕方なくテレビを付けてひとり飯を始めた。
「いただきまーーす」
ほっくほくに炊き上がった栗ご飯……ツヤツヤの白飯も相まって、金色の栗がぴかぴかしてる。
まずは栗からいきまーす……
「うんま!!」
ほの甘~~!ほくほく~~!うまーい!!山の幸だよ山の幸!これを恵と言わずしてなんと言う!!もち米混ぜて炊いたから、ご飯ももっちもち!!最高。うますぎ。泣きそう。泣かないけど。
哲雄~~旨いぞ~~早く帰ってこーい!
やっぱ旨いもんは、一緒に旨いねって話しながら食うのがいい。作るの手間かかったし。
あ、でも今年は思ったより懲りなかったな。栗、やっぱ旨いな~……甘露煮作ろうかな。や、渋皮煮がいいか。そんでーモンブラン作っててっぺんに乗っけんの。うお、ぜーたく!食いたい!食いたい食いたーい!!
明日作ろうって考えながら栗の美味さにちょー幸せになってたら、玄関の方で鍵が開く音がした。
帰ってきた!ぴったしじゃないけどなかなかいいタイミングじゃん!
リビングの入口を目で待ち構えてたら、開いたドアから入って来た哲雄が俺に気づいて「ただいま」って。
「おかえり。栗ご飯ちょーうまいよ」
俺が茶碗の中を見せるようにすると、視線をくれた哲雄がうまそ、って呟いて、今度は俺の方へ持ってた紙袋を持ち上げて見せた。
「買ってきた」
「何?」
「プリン」
「やった!デザートデザート!」
ちょー幸せじゃん。うまい飯の後の甘いもんって!
これがさ。驚きの結末。
風呂に入ってきた哲雄に栗ご飯やら筑前煮やらを器によそって準備してやってる時にさ、冷蔵庫開けたついでに哲雄が買ってきたのが何か見てやろって思って箱を開けたの。
そしたらさー!モンブランプリンだったわけ!
「うわっすげぇ!ちょうど食いたいと思ってたの!明日作ろうかなとまで思ってたのにさー!哲雄天才~!」
「そうか」
すっげぇうまそう!黄色の濃いプリンの上にホイップの層、その上にモンブランペーストの層、一番上にでっかい渋皮煮の栗!うわ~食いたいって思ってるとこに食いたいもんが来るともう、ちょっと感動するレベルだもん。期待値マックス!!ひゃっふー!
もうウキウキで冷蔵庫の戸を閉めた。あとで哲雄と一緒に食おうと思って。
そしたら視野に哲雄が近づいて来たのが分かってふいとそっちを振り向いた。
哲雄は俺の傍まで来ると、なんの予告もなく俺の顎を手の平で包むように掬い上げてキスしてきて、驚いて一瞬体を引いたのを腕の中へ捕まえられて、もっと深く、深く……
「……っ……ふ……」
そんなん……頭、切り替わんねぇけど、こういうのは嫌じゃなくて……身体の力を抜いてつま先立ちになりながら応えた。最後は哲雄の首に腕を絡めて、目を閉じて。
「……何……どしたの、急に……」
離れたもののまだすぐ傍にある唇を見つめてそっと訊いたら、哲雄はふふ、と小さく笑ってそのまま俺を解放した。
「ちょっと。だからなんなんだって。なんで急に」
言わねぇんだよ。分かってるけど訊きたくなる。教えてくれてもいーじゃんって思いながら、でも内側に小さい火がつけられたからそっちの方が大変でさ。
「もー。責任とれよな。今夜」
ダイニングテーブルに並べられた飯の前に座った哲雄に、バトンを渡すように箸を突き出す。
哲雄はやっぱり黙ったまま口の端を可笑しそうに上げて、栗ご飯の茶碗を取り上げながら箸を受け取った。
END
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