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「お~夏希!久しぶりだなぁ!」
バーテンダーの岡ちゃんが、くしゃっと親し気な笑顔で出迎えてくれる。カウンターの奥にいたオーナーのシゲさんも穏やかに笑ってて……この二人だ。俺が知る、唯一の夫夫。もう15年も一緒にいる。
「お久し振り。岡ちゃんも元気そうだね。相変わらずの筋肉」
「おうよ!ほらお前たち、ご挨拶しな」
腕の筋肉をぴくぴくさせて、裏声で「コンバンハ」とかやって笑って……一緒に笑ううちに気持ちが上がって来る。そうなって気付いたよ。友郎の言う通り、やっぱ俺は沈んでたんだなって。
「夏希ちゃん。今日は何にする?ビール?」
口ひげを蓄えたシゲさんがふんわりした喋り方で訊ねてくる。笑いでパワーを分けてくれる岡ちゃんとはまた違って、その温かな存在感で癒してくれる太陽みたいな人。
見かけは普通のおじさんでいつも控えめなこの人の包容力に包まれて、岡ちゃんはのびのびしてる。
いつでも素敵だなって思ってるけど、久しぶりの今日はなんだか羨ましくて……
こんな風になりたかった。
重ねた時間の分だけ味わい深くなる空気感は、今は手に届かない理想だ。
「ほい、乾杯!」
友郎がビールのジョッキをぶつけてきて、それを受け止めてきめ細やかな白い泡に口をつける。
あぁ……美味い。やっぱここのビールは最高。
燻ってた何かが解き放たれて、俺はごくごくとジョッキのビールを一息に飲んだ。
「おぉ~夏希、いい飲みっぷり!じゃあ、おーれも!」
岡ちゃんにおかわりを頼んでる横で、友郎が追いかけるようにビールを飲み干して、おかわりを頼んだ。
それから、お互いの近況の報告……主には仕事のことを。幸い、俺も仕事の方はすこぶる順調だったから、ライバルでもある同業の友郎との話は本当に楽しかった。打ち込める仕事があって良かったって心から思うよ。たとえ恋を失っても、生きる甲斐があるってもんだ。
「なぁ~哲雄クンとはどーなの。ちょっとご無沙汰なんじゃないの~?」
体をぐっと寄せて、友郎がひそひそ言った。
「ほっとけ。お互い仕事が忙しくて、同じ家にいるのに顔も合わせない。そんだけだよ」
酒が気持ちを緩ませて、本音がちらちらと覗く。
そんなことを言えば友郎が図に乗るのは分かり切ってるのに、なんか俺……多分、構って欲しかったんだよな。
キスもセックスも無くても生きていけるよ。でもそれはいつだって究極の選択で、俺の中の枯れかけの花は、必死で水を求めてたから。
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