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「夏希ちゃん。悪くとっちゃだめよ。彼、多分、あなたの前ではかっこつけたいのよ」
どこが……!俺のプリンは勝手に食うし、屁ぇこくし、いつもテキトーな服着て、かっこつけてるとこなんか見たことねぇし……!
口にはしないシゲさんへの反論が腹の中を渦巻く。
「そうだぜ、夏希!お前がデザイナーとして成功してるから、余計言えなかったんじゃねえ?ちょっと分かるもん、俺。哲雄の気持ち」
「いーや!そりゃ哲雄クンが悪いわ。そんな大事なこと黙ってられたら、ショックだよなあ?」
「友郎!お前、面白がるなよっ!」
岡ちゃんと友郎が言いあってるのを遠くで聞きながら、なんか胸がモヤモヤしてまた酒のグラスに持ち替えた。
そうだ。そんなことも知らない関係だ。
考えてみたら一緒に食事に出かけたり、映画を見に行ったり、飲みに行ったり……前は当たり前にしてたことを今はまったくしてない。
平日が残業で遅いのは出会った時からずっと同じだし、休みの日に哲雄がいつまでも寝てるのは、疲れが抜けない年齢になってきたんだろうって、休みの日くらいゆっくり眠らせてあげようって、そう思ってた。
その間俺は仕事に没頭した。アイデアを練るために街へ出たり、友達に会ったり、家に戻れば際限なく仕事の時間が続いた。
在宅の仕事はそこが良し悪し。止めてくれる人がいなきゃ、終わりがない。
哲雄は……その間、何を考えてたんだろう。
シゲさんや岡ちゃんが言う通りかっこつけたかったんだとしても、俺にそれが伝わってなかったらなんも意味ねーんじゃねえの……
「夏希、今日はもうこれで終わり。とりあえず、帰って哲雄と話をしな」
岡ちゃんが俺がおかわり、と突き出したロックグラスを受け取って、代わりに新しい水のグラスを渡して来た。
話って。何を話せばいいんだ。
転職の話をかけらも知らなかったってことが明らかになった今、信頼されてない俺から言えることなんか何もない。
会計を済ませて立ち上がると、少しふらついて友郎の肩にすがった。
「友郎、お前、手ぇ出すなよ!マジで軽蔑するかんな!」
「へーへー。分かりましたよ」
岡ちゃんにべーっと舌を出してる友郎に腰を抱かれながら出口に向かうと、後ろから追いかけてきたシゲさんが俺と友郎の2人分の腰を抱くようにして「夏希ちゃん」と傍で囁いた。
「あたしたちにもこんなことはたくさんあったのよ。いい機会だからちゃんと話をして。そうやって乗り越えてくのよ」
いつもよりずっと近くにあるシゲさんの優しい瞳。
そうなりたかった、ふたりの形。
なんか泣きたくなったけど、それをぐっと堪えて曖昧に頷き、店を出た。
俺たちはシゲさんたちみたいにはなれない……だって、お互いがそう望んでるんじゃなきゃなりようがないじゃないか……
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