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夜が明けるとランディはディルガルとお調子者とともに、山ではぐれたウラフを探しに向かっていた。
松の森は黄金の朝日が差しこみ美しく、そして空気がとても澄んでいる。
ランディはディルガルの見慣れない道具に視線を向けていた。
ディルガルの手には金細工でできた妙にねじ曲がった取っ手についた燭台の紫色の蝋燭を用意していた。
「ディルガル爺さん、蝋燭に火をつけてどうするんだ?朝なんだから蝋燭なんていらないだろう?」
ランディは困惑した表情でしゃがむディルガルの手つきを眺めている。
するとディルガルは、眼鏡越しにランディの顔を見つめて「分からないのか?」とパイプをくわえた口でランディに問い返した。
気がつけばお調子者が前足の上に突然青白い火が灯っていた。
「おい!猫!熱くないのか!?」
ランディはこのケットシーの名前も忘れてしまっていた。
「だから俺は猫じゃないって!お調子者だってば。それに熱くもないぞ」
お調子者はムッとしたように髭を立てると、火の灯る前足をランディに近づけた。
ランディはお調子者が火をあまりにも近づけるので、その場から後ずさりして火が燃え移らないようにしながら火をじっくり見ていた。
「これは『妖精の火』だよ。俺自身が灯した物だよ」
お調子者がいう聞き慣れない言葉に、ランディはまだ理解するのが必死だった。
「お調子者よ。普通の人間にその言葉を使うな。さぁ、火を灯してくれ」
ディルガルが燭台を片手に持ち上げて、お調子者の前足から「妖精の火」を蝋燭にの先に移してもらった。
蝋燭の先に灯る妖精の火は意志を持つかのように揺れながら煙を出し始めた。
ディルガルとお調子者は松の森に進み始めた。
ディルガルのあまりにもおかしな行動に、ランディは焦り始めた。
ウラフがどこにいるか生きているかが心配なのに、本当にこの老人はウラフを探し出してくれるのだろうか?
しばらくしてその煙は広がり続けと、ディルガルは蝋燭に向かって話しかけた。
「『妖精の火』よ。わしからの願いを聞いてくれ」
ランディは呆れ返り頭上を見上げていた。
「もう、ばかばかしい」
「ウラフを捜すのだ。……捜す者の名は、ウラフ……。ウラフだ……」
ディルガルが呪文のようにウラフの名前を静かに連呼し始めると、煙が無数に分裂し始めて、小さな金色の火花を散らす人の形を成して宙を飛び跳ね始めた。
上を見上げていたランディは火花の音とその人型の生き物のケラケラ笑う声に気付いた時には光り輝きながら陽気に飛び跳ねる生き物に取り巻かれた。
「一体何なんだこれは!早くこのおかしな小人を何とかしてくれ!」ランディが両腕を振り回し光る小人達を振り払い始めた。
ランディがあまりにも驚いているのを見て、
お調子者は眉間に前足を押し当て首を振った。
「導きの精霊達よ。遊ぶのは良いが、ウラフのもとへ案内してくれ」
ディルガルの言葉を聞いた導きの精霊達はランディの周りから離れてゆくと。
ディルガル達の先頭を切って、再び飛び跳ねながらウラフの居場所へ向けて案内を始めた。
「どこまでこの人間は世間知らずなんだ?導きの精霊の事も知らないなんて!」
「お調子者。しようが無い事だ。ワシのような精霊や魔物の世界の常識に慣れた人間はこの世界には数少ないのだ。
良いからあのランディに口出しするものではない。彼に悪気はないのだ」
ディルガルは導きの精霊達のあとを歩きながら口もとを結びながら、息をついた。
本当にお調子者は調子に乗ると止まらないな。
この世界の常識で育った人間が珍しくて仕方が無いのだろうな……。
ディルガルが振り返ると、ランディがビクつきながらついてくる。
「心配無いって。心配ってモンはな?不味い臆病者のドブネズミみたいなもんさ」
お調子者はお調子者なりにランディを励ましていた。
†
3人はかなり険しい山の斜面に辿り着いた。
眼下には小川が流れており苔むした岩がたたずんでいる。
「居るよ!」
「ウラフ!ウラフ!」
「導くよ!導くよ!ウラフの居場所!」
導きの精霊達がとたんにかん高い声で騒ぎ出して斜面の下に向かって跳ねてゆくと、
大きな岩の間の前に立つと更に高く飛び跳ねた。
「ウラフ!ウラフ!」
「見つけた!」
精霊達が声を張り上げると、ランディは斜面を駆け下りて川べりの岩の間覗いた。
無精髭の男が倒れてあるのだ。
作業服は破れ、泥でまみれていた。
「ウラフか……!ウラフ、しっかりしろ……!」
ランディがウラフの肩にを揺らすと、ウラフは薄く目を開いた。
「ラ、ランディ……。あの化け物は行ったか?……もう近くにいないか?」
ウラフは身震いし、すっかり怯えていた。
ランディがウラフの身体を背負いながら
答えた。
「朝は吸血鬼が出ないから大丈夫だ」
†
朝日が差しが差しこみ、温かくなった平たい岩の上にウラフが座り込んだ。
ウラフは最初はランディ同様、導くの精霊達やケットシーのお調子者に驚きを隠せなかった。
しかしそれよりもウラフはあの吸血鬼の事を思い出す度に震え上がっていた
「あいつは恐ろしかった……!トラックの中から脱出した俺に牙を向いて襲いやがった……」
「彼は自分の大切な居場所を壊されたのだよ。だが、お前のせいではない。お前は仕事をしたに過ぎないのだ」
ディルガルがウラフの横に座り、身震いし続ける彼の背中をさすってやった。
お調子者が高い岩の上から鼻をひくつかせると。青緑のビー玉の様な瞳を見開き遙か東をジッと見据えていた。
「人間達が、工事を始めたぞ!」
お調子者が叫ぶと耳を後ろに倒し、眉間にしわを寄せていた。
一同はお調子者の見つめる方角に向かって目を向けた。
「なんてことだ……。山を崩すつもりだ!」
ウラフは息を切らせながら言った。
岩の上で東の山を睨むお調子者の脇でディルガルは脇危機迫る気持ちを抑えきれなかった。
「あやつは自分の住処を奪われた上、憩いの場所も奪われてしまえば更に人間を襲うに違いない……。おぬし達はどうするのだ?」
「決まっているだろう!俺達が工事を止める!」
ディルガルはランディとウラフの決意をしっかり受け止めて頷いた。
†
ランディとウラフは治りきっていない怪我を負っているのにも関わらず東の山道を登り続けている。
お調子者がランディとウラフを必死に後押ししていた。
「俺が着いていってやる!近所の吸血鬼の居場所を壊してやがる奴らに俺が説教してやる!」
「作業員達が君の姿を見れば吸血鬼の存在を信じてくれるはずだ。感謝するよ」
「良いってことよ!それにつけてもディルガル爺さんは良い考えがあるって何処かへ行っちまったな……」
お調子者の声は工事の騒音でかき消された。
撤去工事の現場に登りきると、複数のショベルカーやブルドーザーが山の斜面を崩し、木々を押し倒すと、その跡に残った木の根も根こそぎ掘り出していた。
三人は岩の影から駆けだして重機を運転する同業者達に向かってランディが声を張り上げた。
「やめろォォォ!撤去工事を中止させろォ!」
「そうだ!俺の仲間の住処をこれ以上壊すな!!」
お調子者もランディに続いて叫んだ。
「作業を一時停止しろ!作業場に人がいるんだ!」
工事現場の指揮官が拡声器を通して作業員達の工事の手を止めた。
ランディとウラフは工事が止まった後に指揮官の目の前まで走りきり、しばらく息を切らしている。
「何だお前ら!工事に遅刻するな!ウスノロ!」
指揮官がランディとウラフに罵るように怒鳴った。
しかし、二人は怒鳴られても相手には一切構わなかった。
ボロボロの作業服のランディは必死に説明し始めた
「この山を崩す工事は中止させろ!この山の山頂で撤去工事をした古城には吸血鬼が棲んでいたんだ。彼にとってはここは大切な場所だ。夕べその吸血鬼は俺達に伝えたかったんだ!
『私の住処を返せ』と。」
指揮官の男は二人が馬鹿げた空想を語っているのだと感じて嫌悪の表情を浮かべ。
「俺達は間違っている!歴史ある場所には吸血鬼のような者がひっそり暮らしているんだ。だから工事を取りやめにしてくれ!」
ウラフが言いきったが、同業者達は全く信じてくれなかった。
皆「ばかばかしい」とつぶやいたり、肩をすくめ、かぶりを振っている。
「吸血鬼は本当にいるんだ!それに俺の横には妖精ケットシーがいるんだ!」
ウラフがお調子者を指し示した。
深緑色の毛並みのケットシーが直立歩行で、工事業者達の前に進み出た。
「そうだ!グリーンタウンで生まれ90年棲んでいるこの俺がお前らに教えてやる。古いものや自然を潰すのは、町の人間達の記憶からグリーンタウンでの思い出と安らぎの心を奪い去る事なんだぞ!」
「何だよ?ケットシーって。何にもいないじゃないか」
ケットシーが話している中、同業者の一人がため息を漏らした。
「なっ?!そこの人間!聞いていないのか?!」
お調子者が自分の話しを遮った男に向かって怒鳴った。
しかし、彼や他の男達はお調子者の声も聞こえていないし、存在を感じる様子は無かった。
「ま、まさか……俺の姿が見えていないのか……?」
お調子者が一歩後ろに後ずさり、唖然としていた。
「ランディ!ウラフ!ホラを吹く暇があったら、さっさと工事に戻れ!」
続く…
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