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1 ─住処を追われた不思議な住人とランディ─
広大な田園と森が広がっていたグリーンタウン。
昔はあまり都会の雰囲気も無かったが、
今では住宅地が広がりはじめている。
町長が発展の促進を宣言した後、美しい山々の森の木々の伐採、次々にグリーンタウンは拡大していく。
都市化のために、遙か昔に没落した貴族の屋敷なども潰された。
500年も昔から建っていた貴族の屋敷は年寄りに大切にされていたが、新しい町長は古い物への大切さも理解できなかった。
「古い上に都市計画の敷地に面していて邪魔だったから」
町長はこれを理由に、都市から重機を大量を買い取り昔から点在する歴史ある建物を撤去し始めた。
若き町長の名はルーク。
自分では自らを常識人の中の常識人として名乗り、目に見える物しか信じない男だ。
先代の町長が亡くなるやいなや、町の都市化に取り組むようになった。
古き良き物がなくなり年寄りたちは嘆いていたが、一方で若者たちは近代的で便利な環境に嬉々としていた。
†
月夜。
重機を運ぶトラックが山道を走行している。
トラックに乗車する建設会社の中年男二人は、山に建つ古城を撤去作業を終えてきた。
助手席のランディが狭い車内で伸びをした。
「いやぁ、あの古城は古いながらも撤去するのに苦労したな」
運転席の男ウラフが「フン!」と鼻を鳴らした。
「けど、都市化に邪魔な古びた物が無くなってスッキリするぞ。いずれ古城が立っていた山も爆破で崩してそこにビルを建てる計画だからな」
「そうだな、近代化と町民を増やすためにも頑張らないとなぁ!」
男二人が会話を交わしている中、
突然トラックの天井がガコン!と大きな音をたてる。
運転席のウラフがトラックを止めた。
「何だ?重機が固定されきって無かったのかな?重機が落ちたら大変だろ!」
ランディはこの不自然な音に気付いてウラフを小突いた。
「俺が重機の固定器具を点検してくらぁ」
ウラフがトラックから降りて扉を荒い手つきで閉めると、トラックの荷台を調べるため、夜の暗闇へ駆けていった。
†
ウラフは腰を下ろして懐中電灯に灯りをつけ重機の固定器具を確かめたが、トラックの荷台の側面に回って見てもまったく異常が見られなかった。
ではあの音は何だったんだ?
ウラフは腰を上げて無精髭の生えた顎をさすっていた。
「ウラフ!固定器具はどうだったんだよ?」
ランディの声が聞こえた。
「あぁ、なにも無かったぞ!今行く!」
足を踏み出したウラフだったがふとトラックの屋根を見上げると、人型の黒い影が立っていた。
「だ、誰だ!?そんなところで何をしているんだ?」
ウラフは驚きのあまり声を荒げると懐中電灯の灯りでトラックの屋根の上を照らしてみた。
トラックの上には、影らしいものはない。
「きっと疲れだ……。変な物も見えるもんだ…へへへ」
笑うウラフだったが、背筋に凍り付くような悪寒がはしり彼の顔からは笑いの表情が消え失せていた。
ウラフが下を見下げていると、月夜に立つ自分一人の影にもう一つ細身で長身の影がゆっくりウラフの影がに重なった。
後ろに誰か居る…。
けれど、ウラフは振り向けなかったし、身体がピンと背筋が伸びて動こうとしない。
「返せ…。住処を返せ……」
背後から低い男の声が響いた。
その声音は淡々した口調だったが、
明らかに怒りが込められている。
ウラフの胸は早鐘を鳴らし、顔は冷や汗に塗れている。
そして蒼白の細い手が伸び、ウラフの首を摑みかかったのだ。
「なッ!何をするんだ!」
ウラフは腕に力をこめながら、反射的に後ろを振り向く。
しかし、誰もいない……。
おかしい……。疲れて変な物が見えたりするのは分かるが、あんなにはっきりと聞こえたり感じるなんて……。
まさか、何かに呪われているのか!?
不吉な考えが頭に浮かぶと、身体から呪縛が解けたようにウラフは脱兎の如く運転席の扉へ駆けだした。
そして、トラックに飛び乗るなり自らの恐怖を和らげようと、乱れた手つきでラジオのスイッチをひねった。
「血相を変えてどうしたんだよ?お前はラジオみたいなうるさいものは嫌いなんじゃ?」
ランディの問いかけはウラフには聞こえなかった。
ウラフが勢いに任せてアクセルをかけるとトラック発進させた。
トラックは山の中腹を走行し続けた。
ここまで下れば もう大丈夫だ!
俺は疲れているんだ!
あれは幻だったんだ!
そうであってくれ!
ウラフは山頂付近で起きた不可思議な体験を無理矢理でも誤魔化し、
忘れ去ることを祈り始めた。
しかし、僅かな平常心は消え失せていた。
陽気なラジオ番組の音声が乱れ始めたのだ。
…そして…
「返…せ……!私の……住処を返せ……!」
トークショーと笑いとは対照的な低い男の声がスピーカーから漏れてきた。
二人はその不気味な謎の音声を聴いて背筋から鳥肌が立つのを感じた。
「うわぁぁああああぁぁ!!」
ウラフは絶叫を張り上げるとハンドルを乱し、トラックは坂道を蛇行し始めた。
「あの声がラジオのスピーカーから聞こえるだと!?俺は呪われたんだ!!」
ウラフが唾を飛ばしまくし立てながらトラックを飛ばしている。
乱れた運転をランディが横から割り込んでハンドルをきった。
それでも、トラックの車体の側面にごつごつした岩肌がぶつかり合い、摩擦熱を起こし火花を散らしていた。
ランディは混乱するウラフを押さえつけながら左右にふらついていたトラックのタイヤの向きを真っ直ぐに調整し、危うく巨大な岩に衝突する寸前でトラックを停車させた。
「ウラフ!いい加減にしろ!!あと少しでトラックが粉々になるところだったんだぞ!」
ランディがウラフの胸ぐらをつかんで怒鳴った。
「すまない……、ランディ」
ウラフが声を落として謝った。
「呪われていると言ったな。あの時トラックの外で何が起きたんだ?」
「ランディ。実はあの時、俺は………!?」
ウラフが言いかけると、トラックがきしみながら傾きだしランディとウラフは運転席側に叩きつけられた。
「停車させているのに何が起きたんだ?ウラフ、俺が様子を見てくる」
ランディが助手席をに登り窓から何とか這い出ると、横倒しになっているトラックの上に背が高い細身の男がランディを見下げて立っている。
彼は蒼白の肌と白髪、古めかしい中世の服を纏っていた。
男が血色の瞳でこちらを突きさすような視線で見返してくる。
男は憎悪をこめてぎらつく眼を細め、
口から八重歯にしては長く鋭い肉食獣めいた牙がのぞいた。
それを見てしまったランディはこの男が人間ではないと悟り、慌ててトラックの中に上半身を引っ込めようとした。
しかし、気付いた時にはランディは男の繊細な片手に掴まれてトラックの中から引きずり出され、激しくトラックの車体に叩きつけられる。
「放せ!化け物!」
ランディは怒鳴りながら相手に押さえつけられた両腕を解こうと抵抗するつもりだったが、自分を押さえる化け物片腕はびくともしない。
細身なのにあまりにも力が強すぎる!
一体こいつは何なんだ?!
ランディの両腕から抗う力が失い筋肉に痛みが走った。
「私の住処を奪った罪を償え…!」
青年はしゃがみ込むと闇に響く様に低音の声音で唸り、鋭利な犬歯をむいた。
それがあのラジオのスピーカーから流れてきたものだったという事もランディは気付くことも出来ず。
ランディの首筋に男の犬歯が重なろうとしている。
もう駄目だ……。
身体が動かない……
男の温かい吐息が自分の首筋に感じられ、鋭い牙の先端を突き立てられる。
突然、金属の打ち付ける轟音と揺れが起こり、男はランディに突き刺しかけた牙引き抜くとその場から宙に飛び退いた。
トラックは重機の重みで谷底に引きずり落ちようとしている。
ウラフがトラックの車体の上に力尽いたランディの身体をトラックの車内に引きずり込んだ。
トラックが崖から落下する様を、宙に浮遊する男が見下げ
「私の住処を壊した人間は赦さぬ……!逃げられると思うな……」と、呪うように言葉を残した。
†
トラックは轟音を上げながら斜面を転がり続け、山の麓の霧のかかる森に突っ込んだ。
ランディはトラックからほおり出され。
ウラフは車内の強い衝撃で頭を強打し意識を失い、彼が取り残されたトラックはそのまま木々を押し倒しながら森の奥へ落下してゆく。
†
あんな高い崖から落下したにもかかわらず、ランディは柔らかな草の生えた斜面を転がり落ちていた。
森の木々の鋭い枝がランディの作業服と身体を切りつけ、彼はやっと平地に放り出された。
深い森に吹き抜けれそよ風にランディの赤毛が揺れる。
すると、緑のタータンチェックのシャツと茶色いマントを纏った風変わりな姿の小柄な老人が木立から現れた。
気を失った作業員を見つけた老人は、その場に膝を着いてランディの怪我を調べはじめた。
†
ランディの意識が戻ると、そこは狭い小屋の中だった。
気付くと怪我の患部に治療が施され、痛みが失せていた。
良かった助かったんだ……。
暖炉の温かみと安堵感を感じながら、ランディは部屋の中を見回した。
頭上を見ると何やら不思議な生き物の群れを描いた石版が飾られており、暖炉の横には木彫りの怪物の彫刻が飾られていた。
そして、本棚の上に所狭しと小さな小人の石膏像が並んでいた。
「な、何だここは?またおかしな場所だ。夢でも見ているのか?」
「おかしなだと?」
ランディのつぶやきに老人のしわがれた声が重なった。
髭をたくわえた老人が現れて、杖先をトンと鳴らした。
「あぁ、爺さんが俺を助けてくれたのか……」
「いかにも、このディルガルがお前さんが倒れているのを見つけたのだ」
老人ディルガルのかたわらから猫が音も立てず歩いてくる。
猫にしては大柄で、耳の先が長く尖っていた。
猫がランディの顔を緑の瞳で見据える。
「な、何だ?あんたの猫かい?」
ランディはやけになれなれしく寄ってきた猫を好かなかった。
「なんで俺を見るんだ?」
ランディがいやいやながら猫に小声で話しかけた。
「なぁ、爺さん、何だ?この猫」
ランディが猫を見返しながらディルガルに問いかける。
「爺さんじゃない!あの人はディルガルだ!」
その声はディルガルの声ではなくランディのすぐそばから聞こえた。
なんと猫は、ランディの目の前で後ろ足で立ち上がりざま、前足を組みながら喋ったのだ。
「これだから最近の人間は失礼なんだ」
喋る猫にランディは仰天して横になっていたソファから立ち上がると部屋の壁際で後ずさり、立ち尽くしていた。
「猫が、喋った!しかも2本足で立っているじゃないか!」
ランディは震える声を発しながら猫を指さした。
ディルガルはため息を漏らして頭を抱えた。
すると猫の毛色が黒から深緑に変色し始めた。
猫が機嫌を損なった様に首を横に振った。
「俺が喋って何でおかしいんだ?それに俺は猫じゃない、ケットシー族のお調子者だ。お前はケットシーにあったことないのか?グリーンタウンには俺の親父の一族が住んでいるんだぞ」
「これは夢だ、喋る猫も、あの怪物もあの事故も夢なんだ。目を覚ませ!俺!明日は古城の建っていた山を崩す工事をするんだ……!」
ベラベラ喋るケットシーを目の前で、ランディは瞳をつむり手を合わせて自分に言い聞かせている。
「何?あの怪物だと?それにあの古城とな?」
ディルガルの顔は突然深刻な表情を浮かべながらお調子者と顔を見合わせる。
「奴の住処を壊してしまったのか?あの古城が無くなったのか」とディルガル首を振った。
「あいつも城を壊されて酷い目に遭ったな」
お調子者はうつむきざま残念そうつぶやき尖った耳を垂れていた。
「何を言っているんだ!酷い目に遭ったのは俺と同僚のウラフだぞ!」
ランディは怒りのあまりに怒鳴った。
「あの化け物は重機を積んでいたトラックを谷底に落として、あんな霧の中に放りだしたんだ!なんであの化け物が被害者扱いなんだ!加害者はあいつだぞ!」
ランディは息を荒げて怒鳴っていたがなんとか怒りをこらえながら二人を見据えた。
「霧の中、ウラフとはぐれたんだ…。あいつ、大丈夫かな…」
声を落とすランディにディルガルが静かに話し出した。
「こんなことを言ってすまない……。しかし、あの霧の山には孤独の吸血鬼が古城に棲んでいたのだ。のどかな山の上で過ごすのが何よりの楽しみであり幸せだった。そして、吸血鬼であるのに人間が好きで、グリーンタウンの老人達と交流を深めていたのだ。そして40年前は人間の病を治す薬を作りその難病を治したのだ」
ディルガルの言葉を聞いていると、ランディはしだいに罪悪感を感じ始めていた。
あんなに恐ろしい奴だったのに、そんなに
人間を思いやり、助けていたのか……。
俺と俺達の建設会社は、いや、ルーク町長は
あの城を跡形もなく撤去してしまった。
都市化は本当に幸せを作るのか?
目の前には喋る猫、ケットシーがいるんだか
ら、おとぎ話の生き物は存在しているんだ
ランディはその後、ディルガルの小屋で夜が明けるまで身体を休めることにした。
†
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