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 ステラもキャロルに与えられた滋養薬で意識が少し回復し、グレインに抱えられながらメイの踊りを見ていた。 「なんて、きれいなの・・・。」 「メイが…こんな風に助けに来てくれるなんて…。」 他の騒然としていたカルサイトの騎士たちも、我を忘れて、メイの儚げな踊りに見惚れていた。 「春」を踊っているようだ。 ぼんやりとした意識の中でステラは思った。 初めてメイの踊りを見たときは、まるで命を燃やしているかのような激しい踊りであった。 ―でも、何だろう・・・今の踊りは・・・すべての生きとし生けるものを癒すような。優しい身のこなし。こんなメイの姿私初めてだわ・・・。 メイは踊る。しなやかに踊る。かつて師であった母から受け継がれた踊りを。 そうそれは、エフェメラル・ダンスと呼ばれる演舞だ。 ☆☆☆ アゼルは焦りながら、かすかな声で呟いた。 「王子は絶対に王は目覚めないとおっしゃっていたのに・・・。」 踊りをしばし凝視した後、ベルヴァンド王は我に返ってもう一度周りを見回して、いったい何が起きたのかと訝しげな表情をした。 「そして、一体・・・今まで儂は…。」 ―まるで長い眠りについていたかのようだ…。 王自身そう思った。 ただ彼は、目の前で踊る最愛の女性に生き映しの芸妓の姿を見て、ようやくそれから 目覚めたのだ。 「・・・それよりも、なぜカルサイトがこのようなことに?すぐに中止せよ!」  獰猛な獣とカルサイトの混乱を、正気になって目の当たりにした王は強い眼差しでアゼルに命令をする。  瞳の色は深い黒曜石のような黒である。 「それに、 ルークはどこにいる?アゼル??どういうことだ?」 王子の名前―ルーク―が呼び出され、アゼルますますは焦っていた。 ―王子は・・・今 と彼が言いかけたその時だった。 「アゼル、もういい。」 「!」  声のする方を見ると、いつの間にかそこには王と同じ黒髪の青年が居た。 ただ、様子が変だ。青年の眼窩は窪んで影ができており、かつてはつぶらで澄んでいたであろうその瞳は、暗く濁っている。 「計画は頓挫してしまったが、この際一気にここに在るすべてを破壊する・・・!」 「ルーク!!お前は・・・!」 ベルヴァンド王が変わり果てた姿の王子を一目見て、叫んだ。 「お前は何を・・・?何を企んでいる??」 ルーク王子は気味悪く嗤うとこう吐き捨てるように答えた。 「企むも何も・・・もともとは世界最大の軍事国家であったのに、あなたが腑抜けだったので代わりにこの私がこの国の力を最大限に活用しようと目論んだだけです・・・王。 ・・・我々国家の軍事力をもって全世界を統治もせずに、遊女なんぞにいつまでもうつつを抜かして。」  ベルヴァンド王は息子の憎々し気な語り口を黙って聞き入っている。  アゼル長官は戸惑う他の兵たちを収めて同じく二人の様子を窺っていた。 「だから私が、代わりにこのベルヴァンドを世界一の軍事国家として名を轟かせるまでですよ!!」 ルーク王子は王を睨み付け、そしておとなしくしているレグルスのほうへ視線を向けた。 ☆☆☆ 一方、  コロシアムの演舞場で物々しさが失せつつあることを見計らい、コウはフルートの演奏を止めて、同時にメイもステップを静止した。二人は馬車のほうへ向かい、大男(ダン)とカンドーラの男(キリアン)から何やら受け取り、それを抱えてそれぞれ歩き出した。 メイがステラたちのところへ歩み寄ってくる。ステラは少しだけぼんやりしていたが、メイがこちらに来るのを待った。 「キャロル、ステラ。お待たせ。」 「・・・メイ・・・無事で・・・」 キャロルの声が聞こえる。 「キャロル殿、この者は?」 少し警戒心のある低い声は、ステラを抱きかかえているグレイン隊長の声。 「話は後で騎士のお方。あたしはこの二人の仲間さ。」  メイはにっこり微笑むと、何やらキャロルに渡しているそれは・・・キャロルの錫杖だ。 そう、メイは・・・。 「武器を持ってきたよん☆」 「ありがとう・・・」  そしてメイは今度は抱きかかえられているステラの額を軽く突き、話しかける。 「まったく。あんたがまたド派手なものをぶっ放すから・・・あたしの踊りが霞んじゃったじゃないの。」  そういういつもの口調のメイは、舞台仕様の派手な化粧をしている。かわいい童顔が派手顔の美人に大変身である。 「メイ・・・。」 「あんまり無理しないでよねー。ま。おかげで侵入しやすかったけどさ~。」 そういいつつ渡されたステラ愛用の槍は、きれいに磨かれて、槍先も鋭利になっている。 「さ、戦えるね?ステラ?」 魅惑の踊り娘は得意のウインクで彼女に笑いかけた。
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