寒い日の午後に会いに行く

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寒い日の午後に会いに行く

シークレットライブの翌日、宮田圭悟のSNSに写真が上がった。会場の店内だろう、宮田の肩から上がアップで写って、その背後に小さく何人か写り込んだ中に吉村さんもいた。 彼についてネットで調べた時、俺は宮田圭悟や二人の過去の活動や昔の歌について言及したサイトも片端からブックマークに保存した。 時間が経って大量のブックマークを見るとげんなりしたが、削除はしなかったし、たまに上から順にリンクを開いて、新しい情報を探した。 その虚しい作業の最中に、どこかのリンクから飛んで、スタッフが管理する宮田のアカウントをフォローしていた。 ありがとうございました!という文字に半分隠れて、後方でカウンターに座る吉村さんは笑顔だった。 関係ない写真に切り替わったので画面を閉じ、アカウントのアイコンを探して、もう一度見る。 一回に数秒しか表示されず、一日で消えるタイプの投稿で、同じ動作を繰り返して写真を見たが、四、五回目で止めた。 次に会った時、俺の顔を見るなり、何か話があんだろ、と吉村さんは言った。 髪が短くなっていた。 駅前の雑踏で、俺は立ち止まりそうになる。 「ここで言わなくていいよ」 「吉村さん、髪切った」 「ああ」 先を行く彼が半分だけ振り向いて、前髪に遮られない流し目がゆっくりと俺の顔をなぞる。 「特に話、ないです」 と慌てて言った。別れ話でも用意してきた気になった。 「仕事休んで急に来るっていうから何かあるんだろうと思った」 「すみません」 吉村さんは横に並んだ俺の肩あたりに目をやって、 「会社行くかっこ、久しぶりに見たな」 と呟く。 制御できない熱が沸き上がった。午後から休みにして、無理に会いに来た理由は、結局そういうことなんだが。 「家行ってもいいですか」 吉村さんは、歩く速度を緩めた。 「飯食わせようと思ってた」 「後で」 「じゃなんか買って帰るか」 「いいんですか」 彼は俺を見上げ、 「家行っていいの」 ともう一度聞いたら、頷いた。 石段の上の木戸に、影はなかった。 冬の木は葉を落として、木戸が色褪せてひび割れ、苔のようなものに覆われた様子がよく見えた。 吉村さんは玄関の鍵を開けて、荷物を持った俺を先に中に入れながら、 「お前が言う通り、木の影だったか」 と言う。 「え?」 「今、見えなかったんだろう」 「見えなかったです」 「夏だけかな」 この話をする時はいつも笑うはずなのに、暗い声だ。 俺がリビングの床に荷物を置くと、吉村さんは買ってきたものをいくつかテーブルに出した。 「ここ、外より冷えますね」 「人が来ないとずっと仕事部屋にいるから、余計に」 袋を持ち上げた彼の背中を抱いて、ソファーに引っ張っていった。 「おい。冷蔵庫に入れる物があんだよ」 座らせて、手からビニール袋を取った。 「入れてきますから、ここにいて」 「なんで」 緑のドアの向こうは換気のためか窓が半分開けてあり、俺の気配で庭から鳥が何羽か飛び立った。意外に大きな羽ばたきの音と一瞬鳴き交わす声の後、静まり返った台所は一段と寒く、冷蔵庫に手を入れるのが辛いぐらいだった。 ソファーに戻って、何か言いたそうな吉村さんの脚の間に膝を突っ込んで抱きついた。 「あったけえ」 「待てって。昨日から忙しくて風呂入ってない」 「じゃあ一緒に入ります?」 「やだよ」 「温泉、入ったじゃないですか」 俺に羽交い締めにされたまま、吉村さんはぼんやりとした表情を浮かべた。 「じゃあ、風呂入れてくる」 「嘘。いいの?」 「どっちだ」 「入るけど」 俺を睨んでから、吉村さんは立ち上がって、リビングを出ていく。 バスタブの中で触り合っている時、急に外の門の閂を外す音がした。 「吉村さーん」 男の声と同時にドアがこんこんとノックされ、吉村さんは人差し指を自分の口の前に立てて、声を出さずに、宅急便、と言う。 もう一度軽いノックが聞こえ、端末を操作する電子音が続いた。 吉村さんは俺の顔を見て笑いそうになり、自分の口を押さえた。もう片方の手で握ったままの俺のものが急に萎えたのが面白かったらしい。 俺に脇腹をつつかれて彼が大きく動いたので、水音が狭い風呂場いっぱいに反響した。 門を閉めるのに手こずって、やっと足音が遠ざかっていった。 「何だろう、宅急便。俺何か忘れてるか」 吉村さんが不安げに言って、やっと手を離した。 「お前のせいで居留守がばれた」 「吉村さん逃げ過ぎ。バシャーンって、あれ聞こえましたよね」 「まあ、風呂沸かしてんのは、門入ればわかるけど」 壁の上の換気扇を二人で同時に見上げた。洗面所にあるスイッチを何度もオンオフしないと動き出さない古いもので、変色したプロペラに埃が積もっているのがよく見えた。吉村さんのかすかなため息が聞こえた。 二階の寝室は昼間でも暗い。黄ばんだレースのカーテンを閉めると晴れた午後の気配は消えて、じーっという音がする電気ストーブの朱色の光が壁を照らした。 風呂場で笑いそうになるのを見て、さっきやっと気づいた。駅で会ってから、吉村さんはずっと笑わなかった。 やはり今日はどこか妙で、仰向けになった俺に乗っかる格好をいつも嫌がるのに、誘導した通りに上になってくれた。 余裕がないまま突き上げていると、急に息を荒げ、崩れるように俺の胸に手を置いた。 「ちょっと、待って、それ」  「どれ?これ?」 同じ場所に強く当たるように調整して、速度が上がるのを必死で抑える。 ベッドと床が軋む耳障りな音と高い声が混じり合い、吉村さんは波打つように体を震わせた。腰に置いた手でそれを支えながら、俺は一旦止まって全身に力を込める。 覆いかぶさってきた背中はうっすら汗をかいて、激しく上下していた。 「いっちゃった?」 うん、とも、ううん、ともつかない返事。 顔を上げさせると、短い前髪のせいか、見慣れない表情がひどく扇情的だった。 気持ちよかったんだ?ねえ、俺もいっていい?と言いながら我慢できずに腰が動いてしまい、彼が苦しげに大きな声を上げた。 「吉村さん、さっき中でいった?」 「かも」 「かもって、なに、わかんないってこと?」 「多分そうかも、わかんない」 終わってからも沈んだ様子は変わらず、俺は短くなった髪に手を突っ込んで頭を撫でる。 吉村さんは嫌そうに首を振ったが、腕の中からは逃げなかった。
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