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ベランダ
「座れよ」
神崎さんは突っ立ったままの俺に言い、少し声を落として、
「お前やっぱり上手くやれそうだな、よかった」
と付け加えた。
部屋にはビロード張りの大きな椅子や、高い背もたれの一人掛けのソファーのようなものがあったが、食卓の木の椅子に座った。
入れ替わりに神崎さんが立ち上がった。
「久々に航介に見とれてる奴の顔、見たなあ」
「すみません、見とれるというか、写真と印象が違うので、つい」
「でも、お前が好きなタイプだろう」
神崎さんは掃き出し窓のロックを外して、サッシを開けた。がらがらと大きな音がする。新鮮な空気が部屋に流れ込み、同時にちちっと鳥の鳴き声がした。
外のベランダには、何も植えられていないテラコッタの大きな鉢植えがいくつも並び、白っぽい土塊に雑草が少し生えていた。
俺はこれまで、男しか好きになったことがなかった。隠すつもりはないが、オープンにしたことはない。神崎さんがどういうつもりで言ったかがわからないので、心に広がる疲労感を無視して、
「好きなタイプって、どういうことですか」
と明るく返した。
風に揺れて木の葉が鳴る。ちちち、と鳴きながら鳥が何羽も飛んでいく気配が、湿り気を含んだ緑の匂いと一緒に運ばれた。神崎さんはしばらく庭やその向こうの山に目をやっていたが、大きく深呼吸して、がらがらとサッシを閉めた。
「玄関のドアのこと、お前からも聞いてみて。俺が聞いた限りでは免責だけど、話のきっかけになる」
「はい」
神崎さんは子どもの頃、この近所に住んでいて、吉村さんと同い年で、家族ぐるみの付き合いだった。
神崎さんの父親は俺が今いる会社の社員で、吉村さんの家の保険を引き受けていた。代理店を通さない、数少ない古くからの顧客だ。
お父さんは大分前に他界し、数年前にお母さんが亡くなって、今は吉村さんが契約者だった。
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