玄関扉

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玄関扉

「南は、お前のこと知ってたってよ」 名刺交換が終わると、神崎さんが口を出した。 「言ってたな」 「私が入学した年に、吉村さんは四年生で」 俺の名刺を食卓に置いて、吉村さんは鮮やかな黄色の花柄のティーポットを持ち上げた。 「会ったことはない?」 「お会いするのは初めてです」 「おお」 丸みを帯びた重そうなポットから三つのカップに均等に注ぐことに専念している様子で、相槌は上の空だ。 癖毛なのか、巻き毛が一筋、頬に落ちかかっていた。 「学生の頃、ポスターとかで写真は拝見してました」 と言うと、彼はちらっと俺を見た。 「あと、最近のお写真はネットでも」 「なんかあったっけ」 「書評のコラムを読ませていただきました」 「あっ、あれね」 使い込んだ様子のキルティングの鍋敷きに、まだ重そうなポットを置いて、 「仕事のために、あんなもんまで読んで気の毒だな」 と彼は苦笑いした。 「いえ、興味深く読ませていただきました」 神崎さんが立ってきて、マグカップをUFOキャッチャー式に一つ掴み、 「南、先に仕事の話しろよ」 と言って、ソファーに戻っていく。 吉村さんは、俺の前に紅茶のカップを置いてくれた。 「すみません、いただきます」 「仕事の話って?」 「失礼しました。あの、玄関のドアなんですが」 「そのことね」 「自然に壊れたというのはどんな状況だったんでしょうか」 俺の斜め前に座って、吉村さんは自分の分のカップを引き寄せる。 「ほんとに自然に、ある日開けたら、蝶番が外れた」 「蝶番がですか?」 「いちばん上の蝶番が、取り付けてある基礎ごと取れた」 「それは……中から開けた時ですか、それとも外から」 「朝、出かけようとして、中から開けた時」 築年数とさっき見た外観で、相当老朽化していたことは想像がついた。 「神崎、うちの玄関覚えてるだろう」 吉村さんが声をかけると、 「そりゃ覚えてるわ」 と神崎さんは答えた。 「俺らが子どもの頃から、ありえないくらいぼっろぼろだった」 「多分この家が出来てから、替えたことないからな」 吉村さんは、俺に視線を戻した。 「もしなんか不慮の事故で壊れたとしても、とても保険請求しようとは思えない感じだったから」 吉村さんが蹴って壊した、と知るのはもっとずっと後だが、自然に壊れたわけではない、と俺はこの時わかっていた。 嘘をつきながら、何故嘘だとわかるように彼が俺の目を見るのか、はよくわからなかった。 「そうですか」 と俺が頷くと、吉村さんは俺の目を見たまま、初めてにっこりと笑った。
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