壱ノ刻

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遊びに誘ってもいつも断るから自然と周りの人達はいなくなっていった。 唯一、中学からの親友の藤岡(ふじおか)水季(みずき)だけが俺の傍にいてくれた。 困った事があったら支えてくれた、感謝してもしきれない恩がある。 面倒見が良くて年齢関係なくいろんな人達から慕われる水季は俺にとって眩しくて憧れの存在だった。 スポーツ万能で野球部のエースで男らしく兄貴肌で朱音とは正反対の性格だった。 そんな水季にも出会った当初から惹かれているものがあった。 「黄泉の国って知ってるか?夜中の午前0時に鏡の前に立つと死んだ人間が手招きして引きずり込むんだとよ」 「…なんだそれ、都市伝説か?」 「怖くないのかよー」 つまらなさそうに唇を尖らせている水季に微笑む。 水季は怖がりで信じやすいくせに怖い話が好きでよく俺に聞かせてくれる。 俺は実際に見て体験した事以外は信じない性格だから作り話として楽しませてもらっている。 水季の事をバカにしているわけではない、むしろ幽霊がいるなら会いたい。 俺を育ててくれた老夫婦と、両親に……会いたい。 いつもそう願っていても会った事がないからもう諦めている。 「…って、聞いてんのか?朱音!」 「あ、いや…ごめん」 「最近ボーッとし過ぎじゃね?なんか困ってる事でもあるなら俺に言えよ!」 水季はそう豪快に笑うと俺の肩を軽く二回叩いた。 ちょっとバイトのし過ぎで疲れただけだから水季が心配する事ではない。 さすがに週6仕事を詰め込みすぎたか、ちょっと休む日を増やさないと過労死してしまうかもしれない。 でも、一人で誰もいない家に居たくないから仕事をしていた方が何もかも忘れられた。 やっぱりこのままだと、俺を産んでくれた両親や育ててくれた老夫婦が悲しむ事になるかもしれない。 今日は休みだからちょっと今後についてシフトを調整しとこう…週5勤務くらいに… それにもう18歳だ、水季は進学するみたいだけど俺は自分が生きる事で精一杯で大学に行く金がない。 奨学金をもらっても将来返せるか分からないから俺は大学に行くのを諦めた。 就職して、いつか俺も幸せな家庭が出来るのかな。 …って、忙しい毎日で彼女すら作った事はないけどね。 誰にも分からない、そんな遠い先の未来なんて… 水季には「なにかあったら頼るよ、ありがとう」と伝えると、それ以上深くは聞かれず頷いてくれた。 水季はいい奴だけど、これ以上心配掛けたくない…水季だって今は大学受験で忙しいんだから… 水季は今、その都市伝説が気に入っているらしくやりたいようなやりたくないような気持ちで揺れていた。 黄泉の国…か、本当に行けるというなら会いたい人に会えるだろうか。 でも、行く事は出来るけど帰る方法はあるのか? ただの都市伝説なのに真面目に考えてしまい、これだから信じられないのだと苦笑いする。 そもそも0時に鏡を見る人がいないわけがなく、ほとんどの人が体験しているかもしれない。 水季は楽しそうだからぶち壊さないように口を紡いだ。 つい最近まではこっくりさんにハマっていて、一緒に付き合わされたからきっとすぐに飽きるだろう。
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