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壱ノ刻
赤い花がゆらゆらと揺れて空を気持ちよさそうに泳いでいた。
手を伸ばして指に力を入れて握りしめてもかすりもしない。
そのまま風にさらわれるように花が何処かに飛んでいってしまった。
それがとても寂しくて悲しくて、小さく繋がれた手をぎゅっと握りしめた。
その約束は空に浮かぶ花のように、海に沈む泡のように……消えていった。
両親は俺が4歳の頃に車で買い物に出かけて、薬物中毒の男の逆走した車とぶつかり大破した。
その知らせは幼稚園の庭で砂をシャベルで掘り起こしていた時に、慌てた様子で俺に駆け寄る園長先生に言われて汚れた手のひらをギュッと握りしめていた。
小さい子供にはトラウマだろうという理由で病院で両親と会う事はなかった。
両親と最後会ったのは真っ黒な人達がたくさんいる場所……葬式だった。
写真に写る両親は若くて優しく幸せそうに笑っていた。
でもそれは俺に向けてくれた笑顔ではない、もう俺の頭を撫でてくれない…褒めてくれない。
一人になったんだ、でも小さな頭では理解が出来なくて涙が出なかった。
それを周りの親戚達は「なんて冷たい子供なんだ」と噂話をしていた。
疎遠になっていた母の親戚達は、葬式には顔を出したがお金の話ばかりで俺を引き取る気はないそうだ。
誰が引き取るかで、揉めていた周りの大人達を遠目に棺の傍で背を曲げて座っていた。
何を考えるわけでもなく、ジッと眠る両親に寄り添っていた。
「八尾朱音くんだね」
そう声を掛けてくれたのは優しい顔をした老夫婦だった。
彼らは父の親戚で、唯一俺を引き取りたいと言ってくれた。
しわしわの手を差し伸ばされて、握りしめるととても温かくて…その日初めて涙を流した。
泣き叫ぶわけではなく、ポロポロとただ涙が溢れてきた。
本当の子供のように接してくれた、悪い時は怒られて良い事があった時は優しく褒めてくれた。
だから俺も精一杯期待に応えようと喜んでもらえるように頑張った。
学校で賞をもらったり、運動会で一位になったり…決して天才ではなかったから努力で何でも出来るようになっていった。
でも、終わりは俺が一人立ちする前にやってきた。
高校生になったばかりの時、老夫婦は元々病気で入院していたが…二度と家に帰ってくる事はなかった。
両親の遺産と老夫婦が残してくれた家があったから生活には困らなかった。
でもお金はあまり使いたくなくて、学校が終わるとバイト漬けの毎日を過ごしていた。
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