しあわせの音が降る(4)

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しあわせの音が降る(4)

 なんでもないことだと思っていた。  でもそれはきっと、もっと前からはじまっていたんだと思う。 「焚音(たきね)! もうすぐ家出るわよ! お兄ちゃんも呼んできてちょうだい」 「やっぱりわたし今日行きたくないんだけど。お母さんたちで行ってきてよ。風邪ひいて寝込んでるとかなんとか言ってさあ……。おばあちゃん苦手なんだよね」 「そうはいかないの。行く時は家族揃って行かないと余計怒られるじゃない」   今日は三カ月に一度おばあちゃんの家に家族で訪れる日だった。  おじいちゃんが亡くなってからひとりで暮らすおばあちゃんに、一度お父さんがわたしたちの家で同居しないかと聞いたことがある。見事に一蹴されたらしい。それを聞いた時正直わたしは安堵した。毎日おばあちゃんと顔を合わせることを考えると、そのうちわたしの私服も着物にされてしまうのではないかと気が気ではなかったからだ。そしてその時におばあちゃんがお父さんに約束させたのが、「三カ月に一度家族揃って家に来るように」というものだった。 「(なつ)! 夏にい! もう出るって!」  二階へ向かう階段を上がってわたしの部屋のすぐ向かいが夏の部屋になっている。夏はわたしの四つ上の兄で、現在無職。性格もわたしとは正反対。二年前に仕事を辞めてからは、ほとんど部屋に引きこもってオンラインゲームに夢中になっている。 「おい! 引きこもり! 出てこいオタク兄貴」  部屋のドアがガチャリと開いて、スウェットパンツにトレーナー姿の夏が部屋から出てきた。  「だから僕は引きこもりじゃないんだって。こうして外にだって出るし……。それにオタクって……」 「ほらふたりとも! お父さん車で待ってるから早く行きなさい」 「はい、はい」  階段を降りてリビングを覗くと、お母さんが紙袋に何かを詰めているのが見えた。 「あれ、お母さん何か持って行くの?」 「途中で早智子(さちこ)おばさんとこ寄ろうと思って、おばさんの好きなおかき。ほら、おばあちゃん物忘れがひどくなってから時々様子見に行ってもらってるでしょ。こないだなんか鍋を火にかけてるの忘れて大変だったみたいだから」 「たねおばさんとこ行くの? わたしたねおばさん大好き」  早智子おばさんはおばあちゃんの家からすこし離れたところに住んでいる人で、わたしの大好きな人でもある。小さい頃はよく遊んでもらったことも多く、その中でも「種飛ばし」という遊びに当時のわたしは夢中になっていた。ただ何かしらの種をより遠くへ飛ばした方が勝ちというだけの遊びで、種であれば何でもよい。果物の種でも梅干しの種でもよかった。ただし飛ばす種はお互いおなじものでなければならない。というしっかりしたルールまである。そしてたねおばさんという名前の由来はその飛距離にあった。わたしや夏、お父さんが何度挑んでもたねおばさんの飛ばす種は別格だった。ぽうっ、という軽快な音とともに飛ぶ種は綺麗な弧を描いて遥か先に着弾する。それからしばらくわたしは種飛ばしの練習に明け暮れたのだが、おばあちゃんに見つかってからは見事に「種飛ばし」は廃止に追いやられ、早智子おばさんと揃って説教をうけることになったのだ。 「焚音さん女の子がなんて遊びしているのですか! それにあなたも。うちの孫にはしたない遊びを教えないでくれますか!」
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