きみのいろ

4/5
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
 翌日、授業が終わって部室に向かうと、二坂は持参したコピー用紙に落書きをしていた。  シャープペンシルの頭がひょこひょこ動くのを見ながら、問いかける。 「作品は完成したの?」 「はい、完成しましたよ。だからこうやって落書きしてるんです」 「見てもいい?」 「駄目です。先輩の描いてるやつが完成したらいいですけど」 「そっかー。じゃ、仕方ないか。僕も続き描こう」  そう言って立ち上がり、準備室に向かおうとした時、部室の扉が開いた。  顧問の西沢先生だった。  どうして?  先生が小さくそう呟いたように聞こえた。そしてもう一つ、気になったことが。  入ってきた瞬間。ほんの一瞬だけ、動きが止まったような気がした。部屋に入るのを躊躇したような感じ。  けれどすぐに何事もなかったかのように 「みんなちゃんと描いてるー? 締め切りまであんまり時間ないからねー」  文化系の部活動に似つかわしくない、大きな声。部室の中に響く。 「わかってますよー」「やってますって! 見ます? 先生、見ます?」  先ほどより少し賑やかになる。絵を描く手を止めて、少し休憩する部員もいる。  僕もキャンバスを取りに行くことにする。  意味もなく二坂のいる方を見る。  ……あれ?  いない。ついさっきまで普通に座っていたはずなのに。いつもみたいに、紙に落書きをしていたはずだったのに。  いつの間に居なくなったんだろう。部屋の外に出たのだろうか。けれど、そんなタイミング、あったか?  僕は入り口の扉に向かう。ドアノブに手をかけて開けようとした瞬間。 「岡崎ー。君はいつも締め切りギリギリだけど、今回は大丈夫なの?」  西沢先生だ。岡崎、と呼ばれたら応えるしかない。この部室に僕以外、岡崎は居ない。 「え、はい。大丈夫なはず、です」 「うん。そうしたら、あとこの辺がちょっと寂しい気がしない? 何か別の色を入れてみるとか」  結局あの後、二坂が外に出たかを確認することはできなかった。時折、先生に指示を仰ぎながら作品を進めて、1日は終わった。  作業中一度だけ休憩をした。それから戻った時には、二坂の鞄は無くなっていた。  先生の「どうして」という声。そして一瞬のぎこちない動き。二坂が居なくなったこと。それらの出来事が、頭の中で気持ち悪いぐらいグルグルと回っていた。 ✳︎  目が覚める。今日は土曜日だ。作品の完成に時間がかかっている部員は、休日も登校して作品作りをやってもいいということになっている。  朝食は食パンで軽く済ませて、必要な画材を持って出かける。頭の中は未だに昨日の違和感がグルグル回ったまま。  部室の前にやってきた。鍵はすでに別の人が開けたようだった。扉を開く。乾いたカラカラという音とその振動が手に伝わってくる。 「先生」 「お、おはよう」  西沢先生だった。黒板に何やら部員へのメッセージを書いているらしかった。大会に出品する作品について。文字を書く音が部室に響く。 「よし」  カツ。チョークを置く音。 「じゃ、何かあったら職員室にいるから。いつでも呼んで」  はい。と言いかけて、止める。 「あの、先生」 「ん、どうしたー?」背中を向けたまま、顔だけでこちらを見る。 「ちょっと聞きたいことがあるんですけど……。二坂のことについて」  先生の動きがピタリと止まる。昨日違和感を感じた時と同じ。 「うん。二坂さんがどうしたの?」やけに落ち着いた声。 「二坂、先生と仲でも悪いんですか? 何か理由があって逃げられてる、とか。もしかして、実は彼女は他の部活からこっそり抜け出しきてるとか」  僕が問いかけると、一瞬の沈黙の後、先生は大きな声で笑い出した。 「仲が悪い? まさか、そんなんじゃないよ! 全然、普通に話したりするし」 「けど、2人がこの部室で揃っているところを見たことが無いんですよ。だから、何か訳ありなのかと」 「全然? そんなことないよ」 「全然、ですか……?」 「うん、全く」  それなら昨日、二坂が居なくなったのは何故なんだろう。突然消えるなんてやっぱりおかしいような。 「まあ、君の考えているような、不仲説みたいなのは一切無いよ。心配しなくても」 「はあ」  釈然としない。違和感を抱えながら、首を傾げる。 「はい、はい! そんな人のこと気にしてないで、作品、作品!」  背中を叩かれて、仕方なく、はい。と呟く。  一体どういうことだろう。僕の気にしすぎなのか。先生は何事も無かったように部屋から出て行く。あたりはすぐに静寂に包まれる。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!