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7
ステラは回廊を早足で歩く。
目指すは直属の上司のキース隊長のところだ。
―とにかく、母のことをもっと聞きたいし、
私がマレフィックスの力が覚醒してからの彼の態度が気になる。
避けられそうな気がするけれど…。会ってどうこうっていうことではない、けれど…。
ステラの早足は、あっという間に自身をキースの自室の前に運ばせた。深呼吸して意を決して彼女は、重厚な扉をノックした。
・・・。
―誰かがいる気配はするのだけど・・・。
返事がないが、ステラは確信を得て待った。
しばらくして、ゆっくりと扉が開き、すこし憔悴しているキースが現れた。騎士団の制服から夜着に着替えている。
「・・・まさか君が、訪ねてくるとは。」
少し観念したように、キースは薄く笑うと、
入り給え、とステラを中に誘った。
ステラは軽く会釈をすると、部屋に足を踏み入れた。
キースはステラをソファに座らせ、ひざ掛けを渡す。それを彼女が受け取って、ひざにかけるのを確認すると彼自身も椅子に腰かけた。
重い空気が漂う。
数分の後、ステラが意を決して口を開いた。
「キース隊長は、私がコロシアムで魔力を放ってから、気が付いたのですよね・・・私が人間である母と、魔族との混血児だってことを。」
「・・・。」
暖炉の火が静かに燃えている音だけこの部屋に響く中、微かなため息とともにキースが少しずつ言葉を紡ぎだした。
「・・・ショックだったのだ。姫が・・・私の最も尊敬している命の恩人でもある姫が・・・禁忌を犯すなどと・・・。」
キースはわが祖国が襲撃された理由は、その姫が魔族と交わったことだということを。
その事実を受け入れ難かった。
「姫は何故・・・あの聡明な姫が・・・そなたには罪はないのは解る。頭ではわかっていても・・・」
彼は思い出していた。祖国が壊滅した日を。おびただしい魔族の襲撃で、リストンパークは人の住めぬ土地となり、民は散り散りになり多くの人が亡くなったことを。
「姫が許せないのだ!一時の劣情に駆られ、魔性の誘惑に乗ってしまったということであるなら、なおさらだ!」
震えた小さな声色が突然怒りの叫びに変わり、ステラはやるせなかった。
―私だってわからない。知りたい、今でも母が魔族である父と結ばれた理由を・・・。
本当にキースの言うような劣情だけで二人は結ばれたのであろうか?
でも、私は母のことをよく知っている。そんな軽々しく行動を起こす人ではない。
「・・・キース隊長。」
うなだれているキースの傍に寄り、ステラは静かに言った。
「私も出生のことを知った時、ものすごくショックで受け入れられなくて。今もそれは消えてはいないんです。」
「・・・。」
「母の生前、私は見たことない父のことを母に訊いたことがあります。一度だけ。その問いに母はただ一言、父を愛していたと言っておりました。確かに母がしたことは許されないことかもしれない。ましてや、一国の王族の立場であったのだから。」
少し伏し目がちになってステラは言い続けた。
「・・・でも、私自身が生まれた意味はきっとあるのだと思うのです。私自身も自分の出生を責めたことがありました。周りに責められて訝しがられたことだってあります。だけどそんなことを責めても、何かが良くなるわけでもないし、ただ私は前を見て進んでいくしかないんだなって。」
キースは項垂れたままだ。
ステラはキースに理解してもらおうなんてこれっぽっちも思ってはいなかった。
ただ、彼女自身が自身の出生について思っていることを彼に告げないと
後悔すると思ったまでで。
なぜなら、ステラ自身の知らない昔の母のことをよく知っている人物だから。
母のためにも。包み隠さず思いの丈を告げたかったのだ。
「・・・すまない。気持ちの整理がつかないのだ。もう出て行ってくれないか・・・。」
キースはステラを一瞥もしようとせずにこう言ったのだ。
「・・・。」
「・・・頼む。」
ステラは彼の振り絞るような声にこくりと頷いて、静かに部屋を出て行った。
―わかってもらえなくて。それが当たり前。
そんなこと彼女自身は重々承知の上で彼の部屋に赴いたわけだが。
しかしながら、ステラの脳裏には、キースの落胆した姿が焼き付いて離れなかった。
☆☆☆
「ステラ!」
控えの部屋の扉を開けると、メイとキャロルが起きて待っていてくれたのだ。
男性陣はそれぞれの個室に戻ったらしい。
「大丈夫?」
幾ばくかのステラの変化を察して彼女たちは声をかけた。
「大丈夫だから・・・」
ステラは仲間たちを安心させるために、微笑んだ。
「明日、私たちの処分が決まるし、とりあえず休もう。」
その微笑みに安心したのか、メイとキャロルは頷いてくれた。
「わかった、キャロルもだけど、あんたもよく眠るんだよー。」
そして、そんなメイの声掛けに
「お互い様だよメイ、お休みね?」
わざと明るく答えた。
そしてパタンと扉が閉まる音を確認すると、ステラは蝋燭の火を消してベッドに突っ伏した。
―みんなに心配かけたくないし、それに・・・
先程のキースのうなだれた姿が、
振り絞るような声が・・・
一向に離れず、やるせなさを感じずにはいられなかったのだ。
一方、 ステラが部屋に戻ってくる少し前。
リーディはあてがわれた 部屋の ベッドに横になっていた。
―メイがベルヴァンド王に個人的に謁見しに行き、入れ替わりでステラが第二番隊隊長のところ赴いた。俺もコウも疲労もあるので止めたのだが、メイが行くように促したのだ。
彼女も実の父である王に対面して、伝えたかったことが言えてすっきりしたと。だからステラも気になるなら、行ってみた方がいいと。
小一時間。夜も更けてきたので、メイたちにステラのことは待つようにしてもらい、俺やコウたちは部屋に戻り今に至る。
メイとベルヴァンド王。
ステラと第二番隊隊長キース。
そして俺も・・・ゆかりと言えば直属上司のユリエル隊長である。正体を知られた今、俺も彼に父のことを訊いてみたい。
ベルヴァンドは。
今まで謎に満ちていて。それが俺たちによって暴かれた今、使命を全うするために一歩前進できる気がした。
ただ、その前に俺たちの処分がどうなるのか。せっかく新たな最後の仲間を見つけたとはいえ、こんな騒動になってしまったのだから…。
そして今眠れないのは、それだけの理由ではない。ステラがまだ戻らぬまま俺は部屋に戻ったから。
グレインを蘇生させた後、メイがベルヴァンド王に謁見している間にちらと聞いたが、
ステラの上司のキース隊長が彼女の母上を知っている人物だったと。
しかしあの騒動でステラの能力が覚醒してから、彼の彼女を見る目が変わったようだ。
それが気になったのか彼女はキース隊長の所へ赴いたのだが小一時間経っても
まだ戻ってこない模様。
だから俺は、微睡みながらも彼女の足音が聞こえてくるのを待っていた。
何時しかもう、一刻が過ぎていた。
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