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day5、健やかな日々
僕たちはあの事故からしばらくは慌ただしい日々だった。
通院はもちろんだが、それに伴う医療費の請求や保険の申請、裁判など、とても今まで通り会社に勤めていられる状況ではなかった。
家族のためにもフリーランスになろう、そう決めた。
アスカも賛成してくれた。
「内緒にしてたのになあ、お昼のアイス」
そうやって冗談を言えるくらいにメンタルも回復してきている。
アスカがマユミと昼寝をしているとき、一人書斎の片付けをしていた。棚の奥に閉まっておいたマイクの箱は、もういらないだろう。そう思ってこっそり捨てた。
・
きゃっきゃとリビングからマユミの笑い声がする。
「これが、ひゃくえんこうか?」
「そうよ、これを渡すと100円の品物が買えます」
どうやらお金についてマユミに教えているらしい。近頃は電子マネーが台頭していて硬貨などめっきりみなくなってきたが、教えるにはちょうど良いのだろう。
「パパ、今月の引き落とし足りた?」
マユミのお洋服結構買っちゃったのよ、申し訳なさそうにアスカが言う。
「ああ、確認してみる」
「かわいいワンピース買ってもらったの!」
「そうか、じゃああとでファッションショーだな」
満面の笑みをむけるマユミ。アスカは手をあわせて“ごめん”のポーズをとっている。
――バタン
後ろ手に書斎のドアを閉める。
もはや明細書など見たくもないくらいごちゃごちゃしているのだ。PCをつけてクレジットの引き落としをみると、まだ残額は十分に足りていた。
ぼーっとスクロールして遡っていくと、記憶のない、だけれども見覚えのある引き落としがされていた。
「これ……」
引き落とされていた日付は事故のあった日。
「まさか、」
詳しく確認しようとしたが、クリックしようとした指を止めた。
いや、
考えるのはやめておこう。
確かめる術もないのだ。リビングからは愛しい家族の笑い声がする。
さあ、PCを閉じて。
幸せな家族の中に戻ろう。
完
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