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魔王×下半身不随の魔族
「魔王様、そんなことしなくていいよ。ましてや膝を着いてまでやる事じゃない」
「気にするな」
「気にするよ。あんたは王様だよ」
椅子に座る俺の前に膝を着き、両手で俺の足を動かしたり、筋肉をほぐす様に揉む魔族の王。
上等な黒装が、艶やかな長く美しい黒髪が、床に着く事も気にせずに。
「俺は貴方のおかげで城内でなら歩けるんだ。それだけで十分だよ」
俺はいつもの様に魔王様の手に自分の手を重ねて止める。
「お前の子の足は我に原因があるのだ。気に掛けない訳にはいかぬ」
「もっと軽く考えてくれ。貴方は俺や他の部下を駒の様に扱えばいい。下の者は代用が利くけど、貴方は王だ。俺たちの頭で心臓。代用が利かないんだ」
「我はお前を他の者と同じに考えておらぬ。お前は我の下ではなく、横に立つ者だと何度言わせれば気が済むのだ」
「……強情だなぁ」
「それはお前の事だ」
フンッ、と鼻で笑った彼は再び手を動かす。
その感覚は、何となく何かが触れていると分かる程度のものだ。
その感覚すらも、この城の敷地から出てしまえば失われる。
俺の足は動かすことが出来ない。
幼少期、まだ幼く、好奇心旺盛で天真爛漫なやんちゃっ子だったこの魔王様を魔物から庇って、足をダメにした。
その頃の魔王様は幼過ぎて魔法も上手く扱えなかった為、俺が全力で防御魔法を掛けた。
大人達が来た時には、俺は全魔力をもってして魔王様を守護していたために、抵抗も出来ず魔物の玩具にされ死にかけていた。
命があったのが奇跡とすら言えた。
しかし、その光景をしっかり記憶してしまった魔王様は、歩くことが出来なくなり城から立ち去ろうとした俺を引き留め、自らで俺の世話を焼き始めた。
俺や先王たちが制止を掛けても聞かず、俺が城を出るなら王位継承権を破棄して付いて出るとまで言い出した。
先王は子にあまり恵まれず、御子はこの方しか居なかった。
そのため、仕方なく俺をこの城に留めた。
魔王様はその事件の後、目を見張る程の成長を見せた。
瞬く間に魔法を覚え、武術を極めた。
魔法は魔力変換が簡単な基本四種に留まらず、上位の光・闇を習得され、更には天性の才の助力がなければ不可能と言われていた最高難度の回復魔法まで覚えた。
それだけでは飽き足らず、法則操作の研究までされて空間と重力に干渉される術を確立した。
なにをそんなに躍起になっているのかと、城内全ての者が首を傾げていた。
そんな魔王様がある時、嬉々として俺の下に訪れ、術式を組み上げた。
空間に干渉し、範囲を城の敷地内に指定。
重力魔法を作用させて、俺の足にかかる負荷を最小限に。
回復魔法を駆使し、中枢神経に働きかけ、脳から下半身に正常な命令が届くようにして、傷ついて治らない神経を常に回復魔法を作用さる事で補って足を動くようにしたのだ。
常人には理解しがたい程に難解な術式は、見ていて頭が痛くなった。
そんな術式を行使し、重力干渉の術式に至っては効果を確実にするために、城の敷地内の至る所に刻み込まれ、魔王様本人が月に一度不備がないか確認する有様。
そして、俺にかけている回復魔法に関しては毎日欠かすことなく確認する。
どんなに忙しくてフラフラになっていても、俺の所に来る。
俺は俺自身にそこまでの価値を見出せない。
俺の所に来て魔法の確認だけでなく、足の筋肉に無理に動かす疲労を残さないためにと、いつ足が自由に動かせるようになっても大丈夫なようにと、足を解していく。
俺の足が二度と治ることがないのは、医術を修めた魔王様が一番よく分かっているはず。
足の感覚が少しでもあるのは魔王様の魔法のおかげで、城内限定であっても歩けるだけで俺には十二分過ぎる。
今日の按摩に納得したのか、魔王様が立ち上がった。
俺はせめて、と思い、膝や髪に着いた汚れを落とし、髪に櫛を通す。
櫛は何度通しても引っかかることなく、通り抜けていく。
俺は櫛を机の上に置き、その長い黒髪を結う。
今日は簡単に一本縛りだ。
魔王様は首を左右に揺らして髪を確認して満足気に笑う。
「これで今日も頑張れそうだ」
「貴方の気分は持ち上げやすいです」
「他からすれば我の術式を理解するほどに難しいらしい……お前にしか出来ぬのだ。今日も危険なことはするな」
「こっちの言葉さ」
安心させるように俺が笑って返せば、魔王様は髪を左右に揺らしながら部屋から出て行った。
「心配性だな、本当に」
椅子から立ち上がると一歩目はフラつくが、二歩目からはゆっくりだけれど確かに自分の意思で歩ける。
法則に干渉し、空間と重力に干渉して、更に回復魔法を瞬間瞬間に作用させて動かす足。
俺一人に対してどれ程の労力を割いているのか。
ただ居て欲しいだけならば、車輪付きの車もあるのに。
俺は罪悪感に目を伏せながら窓の外を見た。
朝が近く、空が白み始めていた。
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