魔王×傭兵

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魔王×傭兵

纏わり付く硝煙と泥と血と屍肉の臭い。 引いた引き金と振り下ろした獲物の先で、また一つ、また一つと命が消える。 初めは夢に見ていた。 倒れた相手の、苦痛と怨みの表情。 でも、今はもう、何も感じない。 無感情に、ただ戦場で仕事をする。 人を倒す…殺すのが俺の仕事。 傭兵なんてそんなモノ。 この環境には、二十年近く居る。 躊躇いは…ない。 ◆◇◆◇◆◇ 「魔物討伐隊…?そんなモノ、ギルドの仕事だろ」 俺は一瞥した資料を机の上に投げ返す。 「まぁまぁ、そう言わないで?折角の大仕事だよ?」 俺に資料を見せた奴は、苦笑しながら視線を資料に移す。 「“各地で目覚ましい戦歴を残す貴殿に是非、今回の討伐隊への参加を乞う”だって。生還した場合は金貨八十枚。期間は二ヶ月。破格の報酬だよ」 金貨八十枚、それは、独り身の庶民なら一年は遊びながら暮らせる額だ。 傭兵なんて金で動く現金者なら飛び付くような依頼だ。 「だがな、俺は魔法だ魔族だなんて、“魔力”云々言う奴は嫌いなんだ」 この世界には魔法と言う、人が待って生まれる“魔力”と呼ばれる生命力の一種を使う文化と、魔法が苦手、故に苦手な人々が作り上げた科学と言う文化が両立している。 魔法は基本的に誰でも使えるが、稀に魔力を少量しか持たず生まれる者には使用出来ない。 それに反して科学は誰にも使える。例外として破滅的不器用な者も居るらしいが、慣れれば何とかなる。 だが、俺には魔力と呼べるものがない。 ある種の生命力と呼べる魔力は、保有量が少なければ大なり小なり身体に影響を与える。 俺には魔力と呼べるものがないにも関わらず、何の異常も無く今まで生きている。 しかし、魔力がないと言うだけで、今まで人々に馬鹿にされ、嫌悪され、爪弾きにされてきた。 所謂差別だ。自分達と違う者に対する。 特に魔法使いと呼ばれる魔力を平均よりも多く持ち合わせ、魔法を多岐にわたり使用する者達は俺を“劣等種”と呼ばわった。 魔力を持つ者は俺を嫌い、俺は魔力ある者を嫌う。 「ん〜…難しいね。確かに今回のコレ、魔法使いも多いだろうしね」 だが、例外はある。 目の前のコイツは魔法使いと言っても過言で無いほどの魔力を保持していながら、科学者をしている。 そして、“無能(魔力無し)”として親から捨てられた俺を拾った人物だ。 科学兵器なんて物を作って俺に持たせ、戦場に放り込み実験とやらをさせてきた。 初めは酷い奴としか思えず、逃げようとした。 でも絆されてしまった。 生還祝いと言われ、戦場から戻ると当たり前のように用意されている料理。 好きな物を選んで良いと店に連れて行かれて、よく頑張ったと頭を撫でて抱き締めてくる。 文字が読めないと言えば、研究の合間で目の下に隈を作りながら教えてくれた。 下手な料理で色々と駄目にすれば軽い説教と的確なアドバイス。 掃除だ洗濯だ、と自分でやろうとすると終わるまでは見守る。 五つの俺を十八で拾ったと本人は言っているが、良い保護者だったのかもしれない。 あの頃と見た目が変わっていない事以外は、良い奴だと思う。 「君さ…もう二十五だよ?三十八になるまで引き篭もり続けてる僕と違って、外に出続けてるじゃない。顔広くしなよ」 「引き篭もり続けてそんなに顔の広いアンタが謎だ」 俺が初めて戦場に出たのは七つになる少し前。 そんなガキを普通のツテだけで戦場に放り込めるわけがない。 「秘密だよ。まぁ、今回の討伐、悪い事だけでもないと僕は思うわけ。新作もあるし」 「……性能実験したいだけだろ」 「そんな事無いさ」 にこやかに笑っているが二十年の付き合いだ、誤魔化されない。 無表情の俺と、ニコニコ笑う保護者。 決まって負けるのは… 「……分かった。奴らとは慣れ合わない。さっさと準備してくれ」 「そうこなくっちゃね」 毎回折れるのは俺だ。 保護者は「やったね」と小さく言って立ち上がるが、もちろんその声は俺にハッキリと聞こえ。 物音一つ聞き取れるか否かで生死の分かたれる戦場を生きる俺の五感は、常人より鋭い。 それを分かっていて、この男は言うのだ。 でも、なんだかんだで大人になるまで育てて来てくれたこの恩人には、強く出れない。 俺は先程投げ出した資料に目を通す。 受けると決めた以上、全てに目を通さなくてはならない。 準備はアレに任せていればいい。 適当な物を用意してくれる筈だ。 「ラスティア〜〜!下着の柄はニャンコで良いよね〜?」 「言い訳あるかドアホ!!!!」 任せるのは危険だと思ったので普通の物は自分で用意しよう。 奴には武器だけ準備してもらおう。 そう決めて俺も立ち上がり、歩き始める。 「…ラスクッ!テメェッ何だこの服!!」 「お兄ちゃんってよんでよ♪いいでしょソレ♪」 「ふざけんなッ!んな服で戦えるか!!」 保護者の用意し始めていた服達に文句を付ける。 そんな俺を笑って流す保護者。 大声で騒ぎながら俺たちは荷物を準備した。 今回参加を決めたこの討伐隊の話は、俺の思っていなかった方向へ進み出す。
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