魔王×魔獣

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魔王×魔獣

「何だ、猫科の魔獣か……しかし、美しい毛艶だな。…決めた。貴様は今より余の下僕だ。余の命に従い、常に余の傍に(はべ)ろ」 俺の事を布切れの様にズタボロにした本人がそう言った。 抵抗しようにも、もう体力も魔力も尽きていた俺は大人しく従うしかなかった。 この日から、俺は長らくの間この人物の下につくことになった。 黒く短い体毛。 長く伸びた爪と牙。 輝く紅眼。 足音を立てずに歩くのは当たり前の体。 大人が一人ちょうど乗れるくらいの大きさの猫科魔獣。 それが俺だ。 あの日、俺を瀕死にまで追い込んだヤツは、俺を自分の城へと連れ帰り飼い始めた。 俺の首に濃紫(のうし)の首輪を付け、俺に『エルガ』という名まで付けた。 『エルガ』は古代語で『獣皇』の意味を持つ。 一介の下僕に大層な名前を付けてきた。 奴が大層な人物だからかもしれない。 「エルガ来い。寝るぞ」 主の声に体を起こす。 奴は既に俺の正面に立っていた。 俺が立ちあると、奴は先に執務室を出ていく。 俺はその後を付いて行き、尻尾で扉を閉めて廊下を進む。 コイツは跡継ぎを作るために嫁はとっているが、女が嫌いなようでいつも離れている。 寝るときに枕にされているのはもっぱら俺である。 体を動かしたいと外に出て暴れるコイツの相手も俺。 食事や茶の時間を共にするのも俺。 風呂に入る時だって、俺を連れて入って俺を泡まみれにして玩具にする。 始めに言われた事そのままに、常に傍に居るのは俺だ。 最早知らない事の方が少ない気がする。 寝室に入ると俺が先に寝台に上がり横になる。 主は俺に凭れ掛かるようにして床につく。 そしてそのまま主は就寝前の会話をする。 「エルガ。お前の毛艶は今日も美しいな」 (あんたが今日も今日とて、俺を風呂に入れて泡まみれになるほど洗ったからな) 人の構造と違う俺は発語できない。 だから唸りつつ尻尾を揺らし、時折主を尾で軽く叩く。 夜闇の中で、それを受けて主が小さく笑う。 「お前は昔から風呂を嫌わぬな。余の邪魔をせず、余の相手をする。賢く従順でありながら、余と対等の様な振る舞いをする」 (常に傍に侍ろと言ったのはアンタだ。このくらい許しやがれ) 抗議するように先ほどよりも少し強めに尾を打つ。 「お前は余と共にあるのだ。余以外の者に懐くでないぞ?」 (…アンタがソレを望むなら。我が主よ) 俺の横腹に上半身を預けて目を閉じた主。 俺の尻尾を主の腹の上に乗せると、片手で優しく握り込む。 猫科魔獣にとって尻尾は急所の一部だ。 認めた奴にしか触らせない。 分かってるのか?俺はアンタに飼われてから、アンタにしか尻尾触らせてないぞ。 ふと、体にかかる重みが増えた。 耳に主の寝息が聞こえてきて、俺は小さく息を吐き出した。 俺はアンタだけの魔猫だよ。 主の入眠を見届けた俺は、主と同じように目を閉じた。
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