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「樹(いつき)ー。風呂入ろうー。」
「あぁ、うん。」
「なんだ? また意識飛ばしてたのか? いまじねーしょんか?」
「別に。ちょっとぼーっとしてただけ。」
「そっか。疲れてんじゃねーの? あんまり無理し過ぎんなよ。」
「うん。慧もな。」
半裸の慧を前に、何となく目を伏せて答えた。一緒に風呂に入る時はどうしても罪悪感が拭えない。
だって俺……そういう目で見ちゃうもん。
ダメだってわかっていても、これだけは仕方ないんだ。
だから出来るだけ早く洗って、湯船にも大して浸からずに風呂を出た。
風呂くらいは別々に入るべきだと思う。
けれど追い焚き機能などこのボロアパートには備わっていないから、どちらかが風呂に浸かりたい時は一緒に入るようにしている。別に一人だけ入ってもいいし、一人が出た後にすぐに入れば湯が冷めている事もないと思うけど、慧が一緒に入ろうって言ってくれて以来、これが俺たちのルールになっていた。
全ては節約の為なのだ。
ただ、それだけ。
暫くして、湯気を纏って出てきた慧は満面の笑みを向けながら俺を見やった。ニカっとした笑顔も大好きだけれど、この目が無くなるくらいのくしゃっとした笑顔も捨て難い。
「あー。気持ち良かったー。樹、すぐ出てたけど熱かったのか? 風邪ひくなよー。……あ、もしかして……」
そこまで話すと、慧はじっと俺を見つめた。何を考えているのかわからない瞳に一気に不安が押し寄せる。
「え……」
まさか、まさかバレ……
「俺の為? 俺が腰痛いって言ったから一人でゆっくり浸からせてくれたの?」
てなかった。良かった。本当に良かった。
「あ、あぁ……うん。そうそう。」
そうだよ。気付かれる筈なんてないんだ。大丈夫だ。大丈夫。
どうにか会話を交わしながらそう心で呟いた。こんな風に動揺した気持ちを何とか落ち着かせようとしているなんて、きっと慧は知る由もない。そう思うとほんの少しだけ胸が痛んだ。
「そっか。ありがとな。何か悪かったな。」
「いや、全然。」
けれど俺の思いなど知らない慧があまりに申し訳なさそうな顔をするものだから、俺の方こそ申し訳ない気持ちになって、さっきとは別の意味でまた胸が痛むし、いつもとは違う妙な空気が流れてしまった……気がした。
何となく慧の顔が見ていられなくなって俯いた。
その時だった。
慧の手が俺の髪にそっと触れた。
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