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「な、何?!……」
驚きのあまり、声が吃ってしまった。慧はそんな事など全く気にしていないようで、
「まだめちゃくちゃ濡れてんじゃん。こんなんじゃマジで風邪ひくって。ちょっと、こっち来いよ。」
と言って、俺の腕をグイッと引いた。引かれた拍子にバランスを崩した俺は、慧の胸の中に見事に収まってしまった。
緩やかな心音とぽかぽかと温かな胸に抱かれて、わしゃわしゃと髪を乱暴に拭かれている俺はまるで犬みたいだ。
犬はこんなに心臓を煩く響かせたりはしないだろうけど。
「やっぱさー、この服は樹のが似合うよな。おまえ色白だから黒が映えるよ。」
いつの間にか俺の髪を拭き終わった慧は部屋着を指さして笑った。
黒って、だいたい誰でも似合うだろう。そう思ったけれど、口には出さなかった。
お金がないから、服も出来るだけ一緒に着られる物を選んでいる。慧は細身だけれど背が高いから、慧に合わせて基本はLサイズだ。俺には少し大きいけれど、それよりも慧とシェア出来る事が嬉しくて、あまり気にならない。
「そう? 慧も似合うと思うけど。」
「いやいやおまえの方が……って、俺ら何褒め合ってんだろうな。気持ち悪りぃー。もう寝ようぜ。」
「うん。」
「あ、そうだ。明日の夜さ、髪切って欲しいんだ。だいぶ伸びてきたから鬱陶しくて。疲れてなかったらでいいからさ。」
「うん。いいよ。」
「やった。ありがとな。」
俺たちは髪もお互いが切ることにしている。もちろん節約の為だし、プロじゃないから決して仕上がりは良い訳じゃないけれど。
俺にとっては慧の髪に触れられる貴重な時間だからとても有り難い。
お金がないっていうのも、そんなに悪くない。
俺にとっては……だろうけど。
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