ジャスミンの灯

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 数日間、リエは用事があると家を空けていた。合鍵(あいかぎ)を渡されたが彼女のいない、あの家に特になにかあるわけでもなく、その数日間は、不倫をしている夫である自分に目をつむれている気分でいた。  しかし、彼女が帰ってくるとすぐに会いたくなった。いよいよ、私も救えないニンゲンになってきたのだろう。  今日もジャスミンの香りが広がっていた。私は席についてリエと向かい合ってお茶をする。静かな始まりだった。重たい雰囲気を感じるが、ジャスミンの香りに惑わされてイマイチつかみ所がわからない。どう切り出したものか。 「奥さんに会ってきたの」  リエの一言で、ゆっくりと飲もうとしていたジャスミンティーが一気に気管支まで入り、むせてしまった。こんな、おちゃらけた取り乱し方をしてしまう自分が馬鹿馬鹿しく思いながらも、リエの真っ直ぐな(ひとみ)(おび)えるばかりだった。 「奥さん、貴方以外にも仲のいい男性がいらっしゃるのね。白昼(はくちゅう)堂々と、家に招いて。ご近所さんに変な(うわさ)になっていなかったらいいのに」  今まで癒やしだったジャスミンの香りが急に変化していくような気がした、強いそのにおいはやはり異質なものであり、いつの間にか(どく)のように私の息の根を止めようとしているのではないかと。 「わざわざ、そんなことをしなくても良かったのに」  妻に、男がいることは知っていた。近所で噂になっているのだってずいぶん前からだ。そう、私が出張に行く前から彼女はあいつを家に入れていいた。  順番に説明していこう。まず、妻には一人。好きな男がいたのだ。その男と彼女の世界に私というニンゲンは存在しなかった。ある日、男は別の女性と結婚して彼女の恋は無残(むざん)に散ってしまったのだ。  心を(ふさ)ぎ込んでしまった彼女に、私はお人好しを発揮(はっき)してしまった。彼女は思いもよらぬほど、私のお人好しに食いついた。後から考えれば、あれは男への当てつけだったのかも知れない。自分を振った男を後悔させようと。  いや、手の届かないところギリギリに行くことで、また彼の気を引こうとしたのかも知れない。まるで、逃げ口を塞ぐように彼女は周到(しゅうとう)に行動し、いつしか私達は結婚することになっていた。  ……申し訳ない。嘘をついた。私は結婚に乗り気だった。彼女が好きだった。彼女が私を使って男の気を引こうとしているのはわかっておきながら、私は彼女の魅力に甘んじて、それを受けいれ続けた。  しかし、問題が出た。効果があったのだ。彼女の計画には。  彼女の意中(いちゅう)の男は。また、彼女と連絡を取り始めるようになったのだ。彼女は私といるときよりも数倍はしゃいで、二人のリビングから携帯を片手に自室へと向かう。  どうなるかの想像はたやすい。私はとてつもなく惨めな気持ちになった、私は彼女を抱くことができなくなっていた。その気になっても、体は反応しない。ついつい、自信をなくしてしまう。そうして、月日が流れて子供はできず、彼女は堂々と男を引き入れるようになった。  SNSの革命の子には「今の時代強き女に男は魅かれる」などといったが、全てが全てそうではないのだろう。強すぎると、惨めさが募る。  まぁ、そういうことだ。その場面をリエは見てしまったのだ。言わぬが良いかと、ここでは妻の話はしないことにしていたが、あえてその配慮(はいりょ)が彼女の心に火をつけたのかも知れない。
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