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私は人助けが好きだった。小賢い幼き頃は、身の丈にあった人助けとはなにかを心得ており、時に道化を演じ、時に同情し、時に行動し、悩める人たちを慰めてきた。
周りからは人たらしだの、モテようと必死だの、馬鹿にされてはいた。だが、そういったレッテルが張られていく中で、わざと私の前で泣いて見せる人が多くなっていたのもまた可笑しな話だった。
時経ち、成長していく中でどんどんと、面倒ごとが増えていった。大学生にもなると、持ち前のお人好しはただの遊び人でしかなくなり、南で嘆く人を慰め、北で泣く人の背をさすっているうちに、ひどく取り返しのつかないことが増えていった。
リエとの出会いも、結局はそういった遊びの中だった。あの頃は、彼女の良さを知らず、素敵だとも思わず。ただ、人助けのため、人を助ける己でいたいが為に抱いた。むしろ、慰められていたのは自分だったという惨めな話だ。
社会人となればいよいよ、そのお人好しの出る幕はなくなった。お人好しが出れば出るほど、いいように使われるだけ。面白くなくなったのだ。
だから、表には出さないようにしている。便利な時代だと言わざる終えない。私は、SNSを使って、嘆く人々に、言葉を贈り自己の欲求を満たすようになっていたのだ。
ネットでは、現実よりも深く悲しむ人々が多い。私のような現実では、たらしだの、必死だの、馬鹿にされるような言葉をあえて待ち望んでいる、そういった言葉に悦を覚える輩も少なくはない。現実ではただの傷の舐め合いでも、ここではウィン‐ウィンの関係になれるのだ。
さて、そんなSNSの中で最近やけに構ってしまいたくなる案件が一つできていた。
今までは、子供の幼い悩み事にちょっかいを出す程度だったが、なんとその案件。一人のうら若き女性が一人の男に恋をしたが、既に男は既婚者だったという内容。
彼女は毎日のように、ポエムのような詩のような。綺麗な文章で、思いを綴っている。その中には、乙女の恋心と言うにはあまりにも熱く、過激な言葉が広がっている。ことあるごとに彼女はこう言うのだ。
「革命をするべきだ」
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