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ジャスミンティーが好きになったなんて言ったら、おしゃれが過ぎると笑われるだろうか。女の飲み物だと、馬鹿にされるのだろうか。でも、あの爽やかな香りと、スッキリとした味わい、それを甘い菓子とともにいただくのは私にとっての至福の時となっていた。
実際は違うのだろう。ニュアンスの問題だ。確かに私はジャスミンティーが好きになった。でも、それはジャスミンティーをいただくその時間が好きだから。その時間を慈しむかのように、まるで蟻のように細かくチマチマとクッキーをかじり、唇をぬらす程度にジャスミンティーを啜る。
彼女との時間をより、長く楽しみたかったからだ。
リエと出会ってから、数年経っているけれども、実際に時をともにしたのはわずかな時間でしかなかった。学生時代、過ちのごとく、一夜をともにして以来、一切の音沙汰をなくしていた私達だったけど、長期の出張でこの地を訪れ再開を果たした。そして、彼女はすぐに私への思いを明かしてくれたのだ。
「貴方のことを忘れようとした夜は、幾度もありましたけど。忘れた事など、実はないのです」
それは、私も同じだとは言えなかった。私は彼女のことなどすっかりと忘れていた。それがとてもショックだった。自分はいつの間にか極悪非道なニンゲンに成り下がってしまったのだろうかと。いまではあの遊びばかりだった腐った時代に、蓋ができるほど、社会に染まった正しき人になれていると思っていた。
蓋をすることすら、悪しき極まる事だったのだろう。私は、そのショックを癒すかのように彼女の言葉に応えた。
それからしばらく、私は誘われるがまま彼女の部屋、駅近くの七階建てのマンションの三階、エレベーターから出て三つ先の部屋に、度々通うようになった。
仕事の都合上、リエの元に着くのは夜遅くであり、ともに夕飯を、という時間でもなく、彼女には先に食べてもらい、私も腹に入れてから訪れるようにしていた。そうして、彼女の部屋に入ると、ふわりと食後のジャスミンティーの香りが、疲れた私の頭を癒やしてくれるのだ。
私の分だと、彼女はパックのジャスミンティーを淹れてくれる。市販の時もあれば、手作りの時もあるクッキーを添えて、二人で他愛もない話をしながら、お茶をするのだ。
そうして、泊まる日もあれば、帰る日もある。既に一ヶ月の間柄だ。
すっかりジャスミンの香りと味わいに魅了されてしまった私だったが、そろそろ胸に引っかかる思いにも、目を向けていかなければと唸っている。
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