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真弓が玄関のドアを開けたのは、夜の十時を回った頃だった。
コップ一杯の水を一気に飲み干した真弓に洋平が口を開いた。
「お疲れ様、今日も遅かったね。このまま眠るかい?」
「いいえ、アレをやるわ」
「カレー食べるか? 今日の晩ご飯に優斗と一緒に作ったんだ」
「いらないわ」
真弓はそう言って、すごろくのしまってあるリビングの棚の引き出しを開けて続けた。
「あら、おかしいわね。サイコロが見つからない。あなた、今日優斗と使ったりしたのかしら?」
「いいや」
「そう、変ねえ。代わりを探してくるわね」
三分後に寝室から戻ってきた真弓の手には、角の丸まった木製のサイコロが握られていた。
「こんなものがあったわ、優斗のかしら? 兎に角、今日はこれを使いましょう」
二人はキッチンテーブルに向かい合って顔を合わせた。テーブルの中心にすごろくが広げられて、昨日までに進んだマスにそれぞれのコマが置かれた。真弓がしみじみと言った。
「私は後一マスだから、一か四がでればあがり。あなたは三マスだから、三か六」
「いよいよ大詰めだな」
「ええ。今日決めるつもりでやるわよ」
真弓が両手の中のサイコロをかき回して、そして手を開いた。丸みを帯びたサイコロは昨日よりも余計にテーブルを転がってから、最後の一絞りの力を使うようにコロンと動きを止めた。
サイコロの目は、一。
真弓が歓喜の声を上げた。
「やったわ、先にあがったわ」
「負けてしまったな」
「ああ、でも……」
真弓は気がついたように言った。
「私からサイコロを振ったから、あなたが後一回サイコロを振って、三か六が出たら同点でいいわ。私にもそれくらいの心の広さはあるのよ」
洋平は言われるがままに、サイコロを手にとって、右の手の平の上を転がした。何度も、何度も、洋平の手の平を泳いでいた木製のサイコロは、テーブルの上を転がることなく、コトリとテーブルの上に置かれた。
「もう止めよう。早くあがった君の勝ちだ」
「あなたはそれでいいの?」
真弓はきょとんとした表情で続けた。
「本当にそれでいいの?」
洋平はゆっくりと一つ頷いてから言った。
「ああ、構わない。君の勝ちだ。何でも言うことを聞こう」
しかし真弓は俯いたまま、まるで彫刻にでもなったかのように固まってしまった。
「どうしたんだ、君らしくもない。へそくりだって少しくらいならあるんだ。鞄か? アクセサリか?」
お道化るように洋平は言った。沈黙は語っていた。
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