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離婚届はすみやかに役所に提出された。
晴れて他人となった二人は、二人きりの時は何処か余所余所しく、優斗の前だけは仲睦まじい夫婦を装っていた。だが子供というのは実に敏感な生き物なのである。優斗は時折、案じるような、憂うような、まるで世の常というものを全て熟知した賢者のような表情を洋平に向け、洋平もそれに気づいていた。
その日は新たな門出を祝しているかのような晴天だった。
全ての家具を真弓と優斗に残した洋平は、衣類や一部の思い出の品を詰め込んだダンボールを三個車に乗せた。真弓と生活を始めた時に洋平が携えてきた荷物と同量であった。男が新しく生活を始めるには丁度よい量なのだ。
真弓は家の中の掃除をしていた。いつになく丁寧に、普段は滅多にすることのない写真立ての置いてあった棚の上を拭いたり、干した布団をせかせかと叩いたりしているのは、洋平の住んでいた痕跡を少しでも早く消し去りたいという一心からなのであろう。
優斗は泣きもせず、騒ぎ立てるようなこともせず、まるで浮かんでは消える雲を見ているかのように洋平と真弓を見ていた。
「優斗、こっちへ降りてこい」
洋平はすっかり傍観者となっていた優斗を、あたかもお前もれっきとした登場人物の一人なのだと言わしめるように、車の方へ手招いた。助手席に座った優斗に洋平が言った。
「すまない、優斗。お父さんとお母さんは一緒にいられなくなってしまった。優斗とももう会えないんだ」
普通の子供なら、何故? 嫌だ! と泣き叫ぶのだろう。だが優斗は、感情をあまり表には出さないタイプの人間だった。洋平は続けた。
「お父さんとカレーを作ったこと、忘れないでくれよ。包丁の使い方もな」
静かに頷く優斗に洋平が続けた。
「そうだ。あの時優斗、上手に野菜が切れたから、約束通りお父さんの宝物をやろう」
洋平は後部座席から黒く硬い鞄を取って優斗の膝の上に乗せた。
優斗は無表情のまま言った。
「これ、何?」
「カメラだよ。写真も動画も撮れる、なかなかよいものなんだ。優斗には少し早いかも知れないけど、お父さんが書いた簡単な説明書も入れておいたから、撮ったり、観るだけならすぐにできるだろう」
優斗が鞄からカメラと洋平の書いた説明書を取り出した時、洋平は真弓が近づいてくるのに気がついた。
「ちょっとお母さんとお話してくるから、優斗はここで待っててな」
洋平は優斗を車に残して、運転席のドアを閉めた。
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