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 深夜零時。工場での単調な仕事を終えた洋平は、身体の疲れに任せた丸い背中で玄関のドアを開けた。すぐに違和感を感じた洋平は、ノブを掴んだままその場に立ち尽くしていた。  廊下とキッチンを隔てているガラスからうっすらと光が漏れ出している。洋平は丸めた背中を更に丸くして、まるで猫のように忍び足で歩を進めた。 「おかえりなさい……」  キッチンテーブルの椅子に腰掛けた真弓が洋平に目を向けることなく言った。 「起きてたのか。明日も仕事、早いんじゃないのか」 「大丈夫。明日は中番でお昼からだから」  看護士である真弓の就業時間をあまり理解していなかった洋平は、そうか、とだけ呟いて、部屋着に着替えだした。  キッチンに戻った洋平は、テーブルに用意された晩ご飯を目にして驚きの声を上げた。 「食べて、いいのか?」 「何言っているのよ、当たり前じゃない。私だって起きていればこれくらいするわ」  真弓の言葉を聞いても未だ洋平は驚きの表情を隠せなかった。何年もの間夢にまで見ていた、と言いたげな驚嘆である。  実際には、二人の間に微妙な空気が流れだしたのは洋平が前の会社を退職した頃であったから、まだ正味一年も経ってはいない。目まぐるしい生活の変化が洋平の時間の感覚というものを麻痺させていたのだろう。  椅子に座った洋平は、さもありがたそうに、また恐縮の意味を込めて、両手の親指と人差し指の間に箸を挟んで一礼した。 「食べながらでいいから、聞いて欲しいの」  待ちの体勢を洋平に見た真弓は続けた。 「今日、優斗の幼稚園に呼び出されたのよ。優斗がお友達と喧嘩して、相手の子に怪我をさせたって。怪我は足に小さな痣を作るくらいだったから大したことはないと思うけど。相手の親御さんにはきちんとお土産を持って謝りに行って、今回は子供の喧嘩ということで大目に見てくれたわ」 「そうか、よかった。でもあの物静かな優斗がな……。喧嘩の理由はなんだい?」 「優斗は何も言わなかったんだけど、先生が言うにはこれが原因みたい」
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