ポメラニアン魔王

1/6
前へ
/66ページ
次へ
「魔王様!お逃げください!」  部下が私に向かって叫ぶ。  頭上からは崩壊する城の破片が降りそそいでくる。体に深々と刺さった剣を抜こうとしても、魔力が吸いとられていくようで力が出ない。それは勇者と呼ばれる人間の持っていた特別な剣。私は最後の魔力を振り絞り、勇者の剣を粉々に打ち砕いた。 ***  意識を取り戻した時、私は見慣れない場所に倒れていた。  命はあるようだが、魔力はほんの僅かしか残っていなかった。  かつての美しく強い姿を維持する事もできず、仕方なく獣の姿をとる。魔力を蓄えれば、いずれ姿はもどるだろう。 いつになるかは分からないが。  しかしここは何処だ? 魔界とはずいぶん雰囲気が違うようだが……。  魔力が無くてはどうしようもない。美食家を自負していたが、最初に目に入った獲物を喰らうとしよう。 「……!?」  なんと……ここは人間どもの住む世界か。実にひ弱そうな人間が隙だらけでこちらに向かってくる。勇者や魔法使いとは少し出で立ちが違うが、憎い人間に変わりはない。  その若者は、獣姿の私を見て足を止めた。恐怖にうち震える訳でもなく、その場にしゃがみこむ。 「こんな所に捨て犬? 珍しいな……うわっ」  チッ、私の渾身の攻撃をかわすとは、見かけによらずなかなかやるな。それとも私がそれ以上に弱っているという事か。 「大丈夫、何もしないから、唸るなよ。お腹すいてるのか?」  おのれ人間め、私を誰だと思っている。魔界を統べる王だぞ。その私に対して……。 ぐーきゅるる 「ちょうど腹が減ったからパン買ってたんだ。食うか?」  つべこべ言わずにさっさと差し出すがいい。 「お前、よっぽどお腹すいてたんだな」  何!?  パンに気をとられている隙に、ひ弱な人間が私の背後から体を拘束し持ち上げた。 「キャンキャン(何をする)」 「お前、毛はフサフサだけどやせっぽちだな。飼い主が見つかるまで家にくるか?」  ひ弱な人間にプライドを酷く傷つけられたが、その男の声も腕も、思いの外温かく、失われた魔力が少しだけ戻るのを感じた。  この人間は私をただの獣だと信じて疑っていないようだ。喰うのはいつでも出来る。しばらくこの人間を私の下僕として、魔力の供給に使ってやろう。  こうして私の人間界での生活が始まった。
/66ページ

最初のコメントを投稿しよう!

189人が本棚に入れています
本棚に追加