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「魔王様!お逃げください!」
部下が私に向かって叫ぶ。
頭上からは崩壊する城の破片が降りそそいでくる。体に深々と刺さった剣を抜こうとしても、魔力が吸いとられていくようで力が出ない。それは勇者と呼ばれる人間の持っていた特別な剣。私は最後の魔力を振り絞り、勇者の剣を粉々に打ち砕いた。
***
意識を取り戻した時、私は見慣れない場所に倒れていた。
命はあるようだが、魔力はほんの僅かしか残っていなかった。
かつての美しく強い姿を維持する事もできず、仕方なく獣の姿をとる。魔力を蓄えれば、いずれ姿はもどるだろう。 いつになるかは分からないが。
しかしここは何処だ? 魔界とはずいぶん雰囲気が違うようだが……。
魔力が無くてはどうしようもない。美食家を自負していたが、最初に目に入った獲物を喰らうとしよう。
「……!?」
なんと……ここは人間どもの住む世界か。実にひ弱そうな人間が隙だらけでこちらに向かってくる。勇者や魔法使いとは少し出で立ちが違うが、憎い人間に変わりはない。
その若者は、獣姿の私を見て足を止めた。恐怖にうち震える訳でもなく、その場にしゃがみこむ。
「こんな所に捨て犬? 珍しいな……うわっ」
チッ、私の渾身の攻撃をかわすとは、見かけによらずなかなかやるな。それとも私がそれ以上に弱っているという事か。
「大丈夫、何もしないから、唸るなよ。お腹すいてるのか?」
おのれ人間め、私を誰だと思っている。魔界を統べる王だぞ。その私に対して……。
ぐーきゅるる
「ちょうど腹が減ったからパン買ってたんだ。食うか?」
つべこべ言わずにさっさと差し出すがいい。
「お前、よっぽどお腹すいてたんだな」
何!?
パンに気をとられている隙に、ひ弱な人間が私の背後から体を拘束し持ち上げた。
「キャンキャン(何をする)」
「お前、毛はフサフサだけどやせっぽちだな。飼い主が見つかるまで家にくるか?」
ひ弱な人間にプライドを酷く傷つけられたが、その男の声も腕も、思いの外温かく、失われた魔力が少しだけ戻るのを感じた。
この人間は私をただの獣だと信じて疑っていないようだ。喰うのはいつでも出来る。しばらくこの人間を私の下僕として、魔力の供給に使ってやろう。
こうして私の人間界での生活が始まった。
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