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魔界にいたときは気づかなかったが、人間界は様変わりしていた。
轟音と共に隣を通り抜けて行ったのは馬でも牛でもない。
あれはなんなのだ? 銀色の骨だけの筋肉のない生き物がいるとも考えづらい。魔界にしか住めない魔物がいるはずもないし、人間の作った乗り物の一種だろうか。
「うわっ、子犬!」
「あぶねー」
「捨て犬?」
轟音の乗り物より幾分速度の遅い乗り物が傍を通り過ぎていった。人間の男女がそれぞれ乗っている。
うむむ……あれが欲しいぞ。タケルに頼んで入手するか。
しかし、歩いていてもタケルの姿も気配も見当たらない。ガッコウとやらはどこにあるのだ。
少し疲れたので、その場で丸くなって休息をとる。こんなことなら老人に魔力をあげすぎるのではなかった。
「クア~」
しばらくうとうとしていたら、小さい人間の子供が集団でやってきた。
「かわいい」
「わんちゃんどこから来たの?」
「触ったら駄目よ」
「噛みつかない?」
「ふわふわ!」
「あー待ってわんちゃん!」
頭や背中を触られて疲れたので、子供を振り払うように場所を移動した。逃げ込んだのは、村の広場のような何も建てられていない場所だ。草むらに寝そべって空を流れる雲を眺めた。
思いのほか村が広い。人間の繁殖力を侮っていた。それに、いろいろな者に触ったが魔力が補充出来そうな者がいない。子供は少し力を感じたが、タケル程ではない。タケルが特別なのだろう。明日からはガッコウへ同行させてもらうか。
(……さまっ! 魔王さまっ!)
なんだ? せっかくくつろいでいるというのに、煩い声が耳元で聞こえるような気がするが。
(魔王さまっ! 私です! ゼブです!)
やはりゼブか。
耳元をぶんぶん虫の姿のゼブが飛び回っている。
「ワフワフ(どうしたゼブ、毒は抜けたのか)」
(はいっ! 魔王様のおかげで、もうこの通りすっかり元気になりました! これから再び魔王様の仮のお住まいへ向かうところでございました!)
「ワフ(何か報告する事でもあるのか?)」
そう聞くと、ゼブはことさらぶんぶんと空中を飛び回った。
(魔王さまっ! 私ついに、苦労して魔界への転移ホールを見つけました! 誉めてくださりませ!)
ほう……。
***
ゼブの探し出した転移ホールは、樹木の生い茂る場所に存在していた。
赤い木の門と、奥に木造の家屋が見える。あまり賑やかな場所ではないようだ。その木造家屋は地面と床との間に隙間があった。そこに転移ホールが見える。
「ワフ(確かに転移ホールだな)」
(さあっ! 魔王様、早く魔界へ戻りましょう!)
「……」
(魔王様?)
ゼブが不思議そうにこちらを見ている。
私の脳裏に浮かんでいたのは、タケルの事だった。私が急に居なくなれば、タケルはどうするだろう。誰かの特別になりたいと、ささやかな願いを口にしていたあの男は。
たかが人間の男、それも魔力の補充に使っていただけの存在だ。何を気にする事がある。
そう思うのに、私の足は転移ホールへと向かなかった。
(魔王様?)
「ワフン(もう少し、魔力を補充してから帰還するとしよう)」
ゼブにそう伝えて、私はタケルの住む家へ、もと来た道を戻ることにした。
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