いなくなったポメ

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「えっ、えええっ!!」  びっくりしすぎて声が裏返った。  夢と同じだ。いや、ちょっと違う? そんなことより俺の気持ちバレてる⁉︎ 「……実はそんなことを奈美が言ってて」  春樹さんがくすくす笑いながら続ける。  あれ? からかわれてる?  奈美さんは、春樹先輩と仲のいい美人の先輩だ。スタイルが良くて、優しそうで、たまにアパートにも来てる。春樹さんとは幼なじみで、幼稚園からずっと一緒らしい。うらやましい。付き合ってるのか気になるけど、そんなこと聞けないし。  春樹先輩にはたくさんの幼なじみがいて、みんな仲良しなんだ。よく男の先輩達も入り浸っているから、誰かと付き合っているのかはよく分からない。 「好きっていうか……その、尊敬してます。なんでも出来るところとか、誰にでも優しい所とか、かっこいい所とか」  いや、本当は大好きです。  いつか一緒に旅行に行きたいくらいです。こんなお化けの出るボロアパートでも春樹さんと同じ屋根の下だと思うとパラダイスです。 「冗談だったんだけど。嬉しいよ。ありがとう」 「いっ、いえ」  ああ、やばい。顔が赤くなる。これじゃあ好きって言ってるようなものだよな。引かれてなくて良かった。 「それじゃあ」 「あっ、あの!」  部屋に戻ろうとした春樹さんを慌てて引き止める。別に何か用があるわけじゃないけど、もう少し話がしたい。 「何?」 「い、いやあの……そういえば、俺、子犬を拾って」 「子犬?」  春樹さんって動物好きだったっけ? 嫌いじゃないと思うけど、そういえば聞いたことない。 「あまり吠えない子犬なんですけど、うるさかったらすみません」  吠えると言うより日本語喋ってるけど。 「大丈夫だよ。タケルの部屋とは離れてるから」  うっ、そうだよな。間に二部屋ある。 「でも、気になるから見に行ってみようかな。部屋で飼ってるの?」 「えっ?」 「タケルの部屋、入っていいかな」  うわあ! まさか俺の部屋に⁉︎  どうしよう。心の準備が、それにあまり片付いてない。 「あっ、あの……散らかってて」 「男の部屋なんてそんなもんだろ」  そう言うと、春樹さんは俺の持っていた鍵を取り、あっさりと部屋のドアを開けた。 「へえ、けっこう……あれだね」  玄関から中を覗いた春樹さんがよく分からない感想を呟く。 「あ、あれって何ですか?」 「出そうな雰囲気って事だよ」 「えええっ!」  春樹さんはにっこり笑って鍵を返してくれた。 「楽しく暮らしてるから、タケルは鈍いなと思ってたけど、鈍くても何か惹かれるものがあるんだろうな。僕の部屋よりすごいよ」 「春樹先輩、何か感じるんですか?」 「まあね。タケルの部屋は、押し入れあたりがあやしいかな」 「押し入れ……」  思いっきり隣で寝てるよ。 「そういえば一度座敷わらしが……それに、ポメも押し入れを見て吠えてたんです」 「ポメ? 拾った子犬?」 「あっ、はい。ポメラニアンかなと思って」 「だからポメなのか」  なんだか春樹さんに笑われてる。気を取り直して、靴を脱ぎ玄関から中に入る。  昨日片付けておけば良かった。まさか、春樹さんが俺の部屋に来てくれるなんて思わないから、洗濯した服が畳まないままその辺りに置いてある。教科書とノートもぐちゃぐちゃに……これはポメの仕業だな。 「……ただいま。ポメ?」  なんだろう。妙に静かだ。  ポメ、姿が見えないけど寝てるんだろうか。昨日は飛びついて来たのに。春樹さんを警戒してるのかな。  そう思ったけどポメの姿は部屋に無かった。  ご飯を食べた食器はある。だけど、こたつ布団をめくって中を覗いてもポメはいない。 お風呂場にもトイレにもいない。もちろん押し入れも。 「ど、どこに行ったんだ?」 「いないのか?」 「鍵をかけて出たのに……」  ふと窓を見ると、犬一匹が通れそうな程開いていた。 「窓が開いてる……!」  慌てて窓から外を覗く。最悪の状況を想像して手が震えた。  ……いない。  一階はアパートの裏庭になっているけど、見渡す限り黒い子犬が倒れているような形跡は無かった。 「どうしよう……」 「大家さんか一階の人に聞いてみたらどうかな。僕も手伝うよ」 「そうします」  春樹さんと二人で部屋を出て、一階の大家さんの部屋に向かう。ポメが喋れる事を誰にも話していないのに。だから、いなくならないで欲しい。  どうしてあんな小さい子犬を一匹で留守番させたんだろう。あの可愛い黒い毛並みを、もう二度と撫でられなかったら……そう思うと後悔で胸がキリキリ痛んだ。
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