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ジョン・エヴァレット・ミレー作の絵画『オフィーリア』を前に、あたしは立ち尽くした。
あまり美しいとは言えない苔むす小川に、少女が仰向けに浮いている。朽ちたように茶色いドレス。瞳と口を半開きにした少女の表情はうつろだ。ほのかに色づいた頬と唇だけが、彼女がまだ生きていることを知らせる。けれど、死は近い。そして、彼女はその死に抗っていない。
彼女を彩る力強い緑と、赤、白、桃色、紫の、小さな花々は、死にゆく彼女を祝福しているように見えた。
どうしてかわからない。けれど、彼女を見ていると、無性に泣きたくなった。
ミレー展に足を運んだのは、本当に、なんとなくだった。絵画を楽しもうなんて、これっぽっちも考えていない。ただの、暇つぶし。
その日は、半日休で、会社には14時に出勤すればよかった。
午前中は彼の両親と食事をする予定だったけれど、中止に。こうなったら昼まで惰眠をむさぼってやろう。そう思っていたのに、習慣とは抜けないもので、いつも通り7時に目が覚めてしまった。一人の部屋は、静かすぎる。静かすぎると、考えたくないことを、つらつら考えだしてしまう。あたしは軽く化粧をして、逃げるように部屋を出た。
向かったのは、自宅から徒歩10分圏内にある大きな公園。
少し、歩こうと思った。ジョギングや犬を散歩させる人たちを横目に見ながら、池の静寂を楽しもう。それにも飽きたらカフェに入ってブランチ休憩を挟む。それから、会社のある中心街までの20分間、またゆっくり歩こう。
ステキな思いつきに心を踊らせていたのは、公園に辿り着くまでだった。
平日の午前中だというのに無駄に人の多い公園内は忙しない雰囲気だし、道行く中国人の意味不明ながなり声はうるさいし、なんだか池の水が生臭い。思い描いた美しい静寂など、どこにもない。現実なんて、そんなもんだ。すぐ脇を通りすぎた自転車に心臓を跳ねさせながら、あたしは脱力した。
帰ろう、と思ったところで目に入ったのが、公園と地続きになった美術館の掲示板だった。
『ジョン・エヴァレット・ミレー展』
暗い小川にたった一人で浮かぶ少女のポスターに、あたしは吸い寄せられた。
気づけば道を逸れ、美術館へ続く坂道を上っていた。
そして、『オフィーリア』に出会った。
『オフィーリア』の題の下に、短い説明書きがあった。
シェークスピアの戯曲『ハムレット』の一場面。
恋人のハムレットにより父を殺され、気が狂ったオフィーリアは小川に身を沈めた。
オフィーリアを囲む花々には、それぞれ意味が込められている。
ヤナギ……見捨てられた愛
ワスレナグサ……私を忘れないで
バラ……美貌、若さ
キンポウゲ……子どもらしさ
ケシ……死、眠り
花々は、悲劇的な運命をたどったオフィーリアの代弁者である。
ああ、あたしは思った。
彼女は愛に殺されたのだ。
何時間、そうしていたかわからない。
他の客もお構いなしに、絵画のど真ん中の位置を陣取り、あたしは彼女を見つめ続けた。
あまりに集中しすぎて、あたしに話しかける声に気付かなかったくらいだ。
あの、すみません。
肩に手を置かれ、ハッと横を見ると、水色のつなぎを着た男が申し訳なさそうな顔をして立っていた。俯いて、何か言い淀んでいる。
「あ、ごめんなさい。邪魔でしたよね」
絵画のど真ん中の陣取りを、他人に注意されたらやめようと思っていた。ついに言われたか、とあたしは腹をくくって謝った。
それにしても、美術館につなぎ姿で来る人って珍しい。工事現場の休憩時間にでも、来たのだろうか。でも、工事現場の人にしては色白で細いし、つなぎは可愛い水色だし。
何者?
少しだけ興味をそそられ、彼の姿を上から下までじろじろ眺めた。こんなふうに見ていても、相手にはばれない。だって、彼はずっと下を向いてる。もじもじ、恥ずかしがり屋の女の子みたいに。
腰のポケットから、軍手と、ハサミの持ち手が見えていた。
ちらっとあたしを見た瞳が茶色い。あら、なかなか可愛いお顔。
「これ、どうぞ!」
意を決したように突き出された手には、白いハンカチ。
「え?」
わけがわからなかった。なぜ、ハンカチ?
「泣いてたから……」
言われ、頬に手をすべらせる。たしかに、濡れていた。
うそ、あたし、泣いてる。
「ぜんぜん、気づかなかった……」
つぶやくあたしに、彼がハンカチを押し付ける。反射で受け取ってしまったハンカチは、しかし、丁重にお返しした。ハンカチくらい、あたしも持ってる。
彼はあたしに向き合ったまま、いつまでも去ろうとしなかった。『オフィーリア』を見たいわけでもなさそう。
「あの、まだ何か?」
ちょっと不気味になって、あたしは引き気味に聞いた。
5秒ほどの沈黙。それからまた、彼は唐突に手を突き出した。こんどは花が握られている。どこから出したのか、赤いバラが一輪。
「ぼく、あっちの『フラワーアート展』の設営をしてる、花屋なんですけど。これ、よかったらどうぞ。あ、あまりものなので」
それだけ言って、あたしにバラを押し付けると、彼は脱兎の勢いで逃げていった。
あたしはしばらく呆気に取られていた。
ご丁寧なことに、バラの茎からは、トゲが全て除かれていた。切り口には水でしめらせた布が巻いてある。
お花屋さん、か。どうりで、色白で、細くて、水色のつなぎで、軍手とハサミを持ってるわけだ。
スヌーズにしていた携帯が震えた。会社からだ。まずい、出勤時間はとうに過ぎてる。
あたしはバラを片手に、急いで美術館を後にした。
「へぇ、バラをプレゼントしてくれた可愛い男の子か。いいねぇ、ロマンチック」
とりあえずグラスを花瓶代わりにデスクに飾ったバラを見て、同僚の美奈子がにやにやと言う。
「みんなに配ってるのよ。あまりものって言ってたし」
「ちょっと」
美奈子が不満げに唇を突き出す。
「夢ないなぁ。いいじゃん、都合のいい妄想を楽しんだってさ」
「もう上がりでしょ? 帰りに行って確かめてくれば? 王子さまは美奈子にも微笑むよ、平等に」
「おもしろくないやつ」
そんなんだから、あんたは……
いまにも説教が始まりそうで、あたしは慌てて仕事の話を振った。
出版社から依頼があった、花の写真集に載せるキャッチコピーの考案。
開いた資料は、ちょうどバラのページだった。
キャッチコピーの下に載る予定の花言葉。
一本のバラ……一目惚れ、あなただけ。
一瞬、彼の顔がちらついた。まさかね、と首を振る。
「ねぇ、このタイトル、『雑草という名の花はない』って、誰の言葉だっけ?」
「たしか、昭和天皇だったような」
「雑草も大変ね。他の花々から勝手に線引きされて、かと思えば、雑草という花はないなんて、一方的に同情されて。知ったことかってかんじよね」
「あんたってほんとに―――」
「冷めてる、でしょ。わかってる」
だから、彼はあたしに愛想を尽かして出て行ったんだ。
わかってるけど、25年もの歳月をかけて培った自分の性質は、変えられない。
二度目に美術館を訪れたのは、その翌週の土曜日のこと。
午前中、ドレスショップで荷物を受け取って、その足で美術館に向かった。
どうしても、『オフィーリア』に会いたくなって。
花屋の彼に出くわす期待も、ほんの少しあったことは認める。だけど、あくまであたしの目的は『オフィーリア』だった。
結果として、花屋の彼にはすぐに出くわすことになったのだけど。
『オフィーリア』の絵画の前に陣取って、30分も経っていなかったと思う。
こんにちは、とまたしても彼の方から話しかけてきた。
相変わらずうつむき加減で目を合わせようとしない彼が、あたしに気があるってことには、早い段階で気づいた。だって、ちらちら見てくる茶色い瞳が、熱い。その視線の意味に気付けないほど、あたしはうぶじゃない。
「ミレー、好きなんですか」
微妙な距離をあけて隣に立つ彼が、遠慮がちに聞いてくる。
「というより、『オフィーリア』が気に入って。教養がないみたいで恥ずかしいですが、ミレーの存在は、今回初めて知りました」
あたしが白状すると、「そうですか」と彼ははじめて柔らかく笑った。
その笑顔に、少しだけ目を奪われた。温かい、陽だまりみたいな笑顔だった。花に好かれそう。
「“すてきな花輪を、垂れた枝にかけようとヤナギによじ登ったとたん、意地の悪い枝が折れ、花輪もろともまっさかさまに涙の川に落ちました”」
「え?」
「オフィーリアの死の場面を歌った、『ハムレット』の一節です」
「はあ……」
「知ってますか? ミレーが描いたこの絵の少女のモデルは、彼の後の奥さんなんですよ」
嬉しそうに語る彼に、「あの」とあたしは水を差した。
「あたしを口説くために、知識を詰め込んできました?」
わかってる。あまりに失礼で、ひとりよがりなツッコミ。むろん、わざとだ。
あたしは彼を突き放したかった。
だって、いまのあたしに、恋愛は無理。
切り捨てるには、ちょっと惜しいと思うくらい、あなたって可愛いけど、それでも。
顔を真っ赤にしてプルプル震える可哀想な彼。
上から目線に憐れみをおくるあたしの耳に、違う、とかそんな言葉が漏れ聞こえてくる。
よくわかる。彼は、プライドを傷つけられたのだ。もうひと時だってあたしと顔を合わせていたくないだろう。
ここで彼が逃げ出したなら、あたしは彼に対する興味をすべて失っていただろう。そしてもう二度と、ここへは来ない。だけど、彼は逃げ出さなかった。それどことか開き直って、
「そうです。あなたを口説きたくて、頑張って勉強してきました」
なんて、ぬかしてきた。
これにはあたしの方がやられた。完璧に不意打ち。こんなときに限って、彼はまっすぐあたしを見るし。みるみる顔が熱くなっていくのが自覚できた。
そのとき、彼の同僚らしき男性が、彼を呼びに来た。
「すみません」
なんで謝られてるんだろう。ショックから抜け出せていない、鈍った思考で考える。
「あの、ぼく行かなきゃなんですけど、よかたら、このあとごはんでも行きませんか。17時に、美術館の東口で」
意外に強引なところのある彼である。
一方的に約束を取り付けて、彼は同僚と『フラワーアート展』の設営所へと消えた。
行かない、という選択肢は、もちろんあった。けれどあたしは約束の17時、のこのこ待ち合わせ場所へと赴いた。なんせあたしは、暇だったのだ。
ジーンズと薄い青ニットに着替えた彼は、息を切らして東口のドアから出てきた。あたしを見つけて、驚いたように目を丸くする。
「すごい、来てくれた……」
「あなたが来いって言ったんじゃない」
「そうだけど、あ、あの、すごく嬉しいです……」
あたしを誘ったときの強気な態度はどこへやら、彼はまた恥ずかしがり屋の女の子に戻っていた。
この近くに、イタリアンのお店があると彼が言う。夫婦のみで営む小さな店だけど、味は確か。そこでいいかと問われ、あたしは了承した。すぐに彼が予約の電話を入れてくれる。
実のところ、そのときのあたしはイタリアンの気分じゃなかった。公園の脇にある移動販売のホットドックのほうがよほど食べたかった。だからって、別に、ワゴン車のほうを指をくわえて見ていたわけでもないのに、彼はなかなか目ざとかった。
突然走りだしてワゴン車まで行き、あっという間にホットドックを二つ買ってきた。
「美味しそうだったから、つい」
あくまで自分が食べたかったのだと主張するように言って、笑顔であたしをベンチに促す。
出来立てのホットドックが、じんわりと熱を伝えてくる。手を通して、心まで温かくなっていうようだった。
どうやらあたしは彼を見くびっていたらしい。彼は可愛いだけじゃない。ちょっといないくらいの、こまやかさを持ち合わせている人だ。
「イタリアンは、また今度ですね」
そして、それとなく次の約束をとりつけようとするちゃっかりさも。
あたし、とんでもない男に引っかかっちゃった?
あとでわかることだけど、彼のこういう部分は、なんとすべて天然だった。計算なんて、ひとつもない。彼の態度のせいで勘違いする女も五万といて(それはさすがに言い過ぎか)、この先、ひどくヤキモチを焼くことになるのだけど、それはまた別の話。
ホットドックはウインナーとキャベツとケチャップというシンプルさだけど、それがかえって美味しかった。
「大きな荷物ですね」
ちまちまホットドックをかじる彼は、あたしがベンチに立てかけた荷物に視線をなげた。のんきな声に押され、あたしの心の意地悪な部分がむくむくと顔を出す。
「ウエディングドレスなの」
あたしは言った。
「えっ」
彼はあからさまに固まる。
「結婚、するんですか……?」
「ううん」
ほっとする彼。わかりやすい人。ちょっと笑ってしまう。
「結婚が破談なって、いらなくなったんだけど、注文は済ませてたから取りに行かなくちゃならなくて」
「どうして……」
そこで、彼は言葉を止めた。どうして、結婚がだめになったか。
きっかけは、地震だった。
先月の終わりのこと。福岡市内で、震度3の地震があった。震度1、2を超え、3。少しだけドキッとする揺れだった。
そのとき、あたしと大樹は部屋にいた。
それぞれ机の下に避難して、無事にやり過ごしたのだけど、
それから二日後、大樹が唐突に言った。
結婚、やめよう、と。
『地震のときさ、おれ、自分の身を呈してまで、鈴花のこと、守りたいって思えなかった。こんなんで、結婚してもいずれダメになると思う』
きっと、彼は地震が起きる前から、結婚をやめるつもりだったんだ。地震は、それを言いだすきっかけになったにすぎない。彼はもう、決めていた。
勝手だと、あたしは怒鳴った。両親も楽しみにしてるし、式場のキャンセル代だってバカにならない。会社の人間に、なんて言われるか……
泣きながら彼をなじって、愕然とした。
あたし、一言も、愛しているから、結婚止めないでって言わなかった。
それで気づいた。あたしたちの関係はこれまでだ。
学生時代から4年間付き合っていた大樹との結婚は、当然の成り行きだった。成り行きでしか、なかった。
結婚をやめて、悲しかったけど、楽になって嬉しい気持ちの方が強かった。あとで、大樹に一年前から浮気してる相手がいたことを知っても、何とも思わなかった。
この話を、花屋の彼にどこまで話したのか。名前すら知らない相手に。
そうだ、あたし、まだ彼の名前知らないや。
「あーあ、このドレスどうしよう」
ぐーっと伸びをしながら、平気なふりして愚痴る。
「家に持って帰りたくない。ビリビリに破って、ここに捨てていきたい」
18時。夕食時だからか、公園にあまり人はいない。オレンジ色の夕日が、海のようなため池の向こうに沈んでいく。
「破きますか」
「え?」
「手で破くのは大変か。ハサミなら、ここにあります」
あたしは吹き出した。だって、彼が大真面目な顔でハサミを取り出すんだもん。
衝動に身を任せられない冷めたあたしには、普段、絶対できないようなこと。
だけど、このときはなぜだか、やってみようという気になった。
彼からハサミを受け取って、ドレスを切った。
ジャキ―――――
ばらばらと切っていく。
ハサミを進めるたびに、大樹との思い出が切り取られていく。
「あ―――スッキリ」
やっと手が止まったころ、あたりは真っ暗で、白い街灯がともっていた。
「天使みたいです」
白い布きれにまみれたあたしを見て、花屋の彼は言った。思わず言ったみたいで、目が合うと、顔を真っ赤にする。可愛い。
「あたし、中原鈴花。よろしく」
「あ、ぼく、花園晃太です」
ぎこちない握手は、何かが始まる予感をたしかに感じさせた。
ゴミと化したウエディングドレスのかけらは、晃太くんが丁寧に拾い集めて、持って帰ってくれると言う。あたしはその提案に甘えた。
帰り道、あたしは遅ればせながら、バラのお礼を言った。
それから、白状する。
「あたしね、バラよりも、道端でけなげに咲いたぺんぺん草のほうが好きなんだ。楽器にもなって、あたしたちを楽しませてくれるし、いい草だよ」
翌日のお昼、あたしたちはランチの約束をしていた。
同僚の美奈子に美術館で知り合った彼と食事に行くと伝え、意気揚々と会社を出たところまではよかった。
まさか、大樹と鉢合わせするなんて。
前回行けなかったイタリアンのお店。そのほど近く。よくよく聞けば、大樹は美奈子から事情を聞き、ここまであたしを追いかけてきたらしい。
「やりなおそう」と、大樹は言った。
「結婚前で、ナーバスになっていただけなんだ。鈴花にもわかるだろ?」
どこまでも身勝手な大樹に、あたしは呆れかえっていた。いまさら元に戻れると思っているこの人が信じられない。しかも、一度も謝りもせず。
「無理」
あたしは突っぱねた。それでも縋ってくる大樹を、本気で疎ましく思う。
あれからまだ一カ月しか経っていないのに、こんなにも気持ちが冷めているのだから、大樹の言うとおり、あのまま結婚していても、いずれダメになっただろう。
「な、たのむ。あいつとは別れたから」
別れたって言うか、捨てられたんでしょ。
婚約中の男を好きになる女なんて、スリルを味わいたいだけのバカ女だもの。婚約破棄後は用なしだわ、あんたなんて。
ねっとりと腕を掴まれて、ぞっとする。
「ほんとに無理。ウエディングドレスも破いて捨てたし」
「は……? 嘘だろ?」
「いや、ほんと。おかげでスッキリしたわ」
「鈴花さん」
振り向くと、つなぎ姿の晃太くんがいた。
迷える彼の足は、この場を立ち去ろうとしている。
「ぼく、邪魔でしょうか」
「晃太くん」
あたしは彼に助けを求めていた。一刻も早く、この場からあたしを連れ去って。
あたしのSOSは正しく彼に伝わった。
細い体のどこにそんなパワーがあるのか、力強い腕があたしを大樹から救い出す。あたしの手を引き、そのまま走り出した。
「おい、ちょっと!」
大樹は追いかけてこない。彼に、そこまでの情熱はない。
晃太くんがあたしを連れてきたのは、昨日ホットドックを食べた公園のベンチだった。
あたしを椅子に座らせ、自分は地面に膝をついて肩で息をしている。顔が青かった。どうやら、彼の見かけの貧弱さは伊達じゃない。さっきのパワーは火事場のバカ力ってやつか。
「大丈夫?」
先に息が落ち着いたあたしは、晃太くんの顔を覗き込む。
と、目の前に、小さな白い花をいっぱいにつけた花束が差し出された。また、どこから出したわけ?
花束にされた花は、ぺんぺん草だった。雑草を花束にするなんて。たしかに、好きだとは言ったけど。
笑いだそうとして、だけど、あたしは笑えなかった。晃太くんが、とんでもないことを口走るから。
「ぼくと、結婚してください!」
頭、真っ白。ぺんぺん草の白い花にも負けないくらい。
「ええっと……あたしたち、まだ付き合ってもないよね?」
そうだった、というようにハッとする晃太くん。この時点で、彼の天然具合に薄々気づきだしたあたし。
「結婚を前提に、お付き合いしてください!」
こんどこそ、あたしは笑いだした。
結婚が破談になったばかりなのに、もう次の男にいくなんて、はしたない?
周りの人間は、そう思うかも。でも、そんなことどうでもよかった。いま、彼を逃すとあたし、一生後悔する。一生って、大げさかしら。
「うん、付き合おう」
あたしが言ってややあって、晃太くんが天高くガッツポーズした。
やったーっと言って、道行く人におめでとう、なんて言われてる。彼らはたぶん、プロポーズが成功したと思ってるんだ。でも、間違いじゃないかも。だってあたし、なんとなくわかる。近いうち、晃太くんと結婚するんだろうなって。そして実際、この予感は当たる。
手を繋いで歩いた帰り道、晃太くんがあたしの耳元でこっそり教えてくれた。
「ぺんぺん草ってね、バラよりすごい花言葉があるんだよ」
「どんなの?」
「ぼくのすべてをあなたに捧げます」
あたしをこれでもかと真っ赤にさせる彼はやっぱり、ただものじゃない。
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