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第0話 ある夜の話
旦那さん、弥代遊廓は初めてですか? ──いえ、訛りがこの辺のものではないし、とてもお洒落な服を着ているなと思いましたので。わあ、南の方から。いいなぁ。海も綺麗だし、今の時期でも暖かそうですね。
弥代遊廓はこの地方では一番有名な廓だと思っております。何しろ他の廓とは規模が違いますからね。通りの左右にずらりと店が並んでいて、それが何本もの道になっている。ちょっとした迷路ですから、初めて来られる方は皆さん必ず迷われてしまうんですよ。
文明が進んで、人の働き方というものもだいぶ変わってきました。首都の方では電子機器だの、知能を持った機械だの、僕はあまり詳しくありませんが……アレに仕事を取られてしまった人も大勢いますでしょう。それ以外で富を得るのは生まれ持った才能を生かせる者だけ。旦那さんはどんな仕事を? ──ええっ、記者さんですか。頭の良さそうな職業だなぁ。
……ですが時代は移り変わっても、やっぱり、春を売る商売だけは無くなりませんね。
僕らみたいな男遊が働く店は、陰間とか売り専とか、時代によって色々呼び方はありますけれど。ええ、呼び方が変わってもやることは同じですよ。旦那さんもそれが目当てで来られたんでしょう? あは、そんなに赤くならなくても。
弥代遊廓に数ある娼楼の中でも、僕のいるここ「寿輪楼」はかなりの人気があるんですよ。本にも載っていたそうです。
一緒にお酒を飲んで、お料理を食べて、朝まで同じ布団に入る。贅沢な遊びですよね。もちろん時間を決めてのお楽しみを求めて来る方もいらっしゃいますが。旦那さんはこうして僕にお酌をさせてくれている。
旦那さんのような男前と一緒にお酒が飲めるなんて、今日の僕は誰よりもツイてます。
ええ、僕の名前は雷童です。聞いたことがある? やだなぁ、いつの間にそんな有名になってしまったんだろ。……いいえ、僕以外の男遊も皆、美形揃いですよ。だからここは人気なのかもしれませんね。
そういえば明日、新しい男遊さんが来られるかもとお義父さんが言ってました。いいえ、自分から望んで来る訳じゃありません。
哀れむことはありませんよ。いつの時代も僕らは売られてくるものです。前世紀では自ら進んでこういう職に就くこともあったそうですが、ちょっと信じられない話ですね。
何でも仕事が選べるとしたら? そうだなあ、僕はのんびりお茶屋さんをやりたいです。そうそう、カフェっていうんですよね。旦那さんはやっぱりお洒落だなぁ……。
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