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家に着いた。
俺の家は賃貸アパートの三階であり、そこらの大学生が住む部屋よりはワンランク上の物件だと思う。
それもそのはず、親父の仕事は多分資本家か何かで、毎月かなりの仕送りが送られてくる、それにより、金には困ったことはなかった。
玄関を開錠し、俺はただいまを呟きながら、家に上った。魔王は土足で家に上がろうとするので、
「ちょっと、靴脱いでください」
「我は元々靴は履いていない、これは素足だ」
「またまた、冗談を」
俺は魔王の靴を引っ張るが、なかなか靴が取れない。
「痛! いたいたいた、おい貴様、引っ張るな、痛いし倒れる! 靴は人間の履くものだ、魔族は履かない、だから、足を引っ張らないでくれ」
「そうなんですか」
俺は魔王の足を離す、魔王は反動で尻餅をついた。
俺は洗面台に行って、タオルを手に取り、少しばかり己の泥を落としたあと、それを魔王に向かって投げた。
「このタオルで足を拭いてください」
尻をさすりながら、立ち上がった魔王は一息吐きながら言う。
「仕方ない、郷に入れば郷に従え、だ」
魔王は壁に手をつき、片足ずつ汚れを拭き、框を跨いだ。
玄関先での一悶着を終えた、俺は魔王を食卓に座らし、エアコンの電源をいれた。
「玉座の間に比べれば手狭だが、人間の住居だから致し方なしか」
魔王は物珍しそうにリビング内を見渡しながら言った。
俺はキッチンに立ち、夕食の準備と、やかんに水道水を入れ、それを火にかけながら、カップラーメンの蓋を二つ半分ほど剥いだ。
「しかし、便利な世の中だ、魔力の消費を無しに水や火の恩恵を得られるのだから」
また、魔王は嘆息をつくように言う、俺は少し気になって魔王に聞いた。
「魔王さんは現代のことについて全く知らないんですよね?」
「そうだったが、貴様に借りたスマホで幾らか情報を得た、まぁ、一般人くらいには常識は覚えたつもりだぞ」
俺が電車でスマホを貸してから、三十分も経っていないのだが、そんな短時間で一般常識を身につけられるのだろうか? 封印から解放されて即座に現状を把握するとは……俺だったら混乱してしまうだろう。
やけに物分かりのいい魔王だな。
「今は魔術の代わりに科学が発展しているようだな、我の時代は、とりあえず神がどうにかしてくれるとされていたが、今は様々な法則が神の代わりをなしている、万物は流転する、か」
よく分からんが、とにかく魔王は、饒舌にペラペラと難解なことを語っていた。
「おい、貴様。聞いているのか?」
「え、あ……うん、聞いてましたよ」
「まぁ、そんなわけでな、この世界に跋扈していた魔族は根絶やしにされてしまったらしい、非常に残念なことだ」
「お気持ちお察しいたします」
「しかし、我は諦めんぞ! 我が同胞を滅ぼした人間ども、そして、我を悠久の時へと封印した勇者にリベンジを果たし、更には世界征服を達成してみせるぞぉ!」
やかんが甲高い音を鳴らし、水が沸騰したことを伝える、俺はやかんを掴み、カップラーメンにお湯を注いだ。
「貴様、先から我の扱いが雑ではないか? そこらへんについて話し合おうじゃないか?」
「いえ、別に、雑に扱ってるつもりはないのですが」
「だったらな、もっと、こう。リアクションして見せろ、我は今、世界征服を誓っているのだぞ、やめてくれー! とか、逃げろー! とか、そんな反応を貴様がしないと、我がスベってるみたいじゃないか」
「世界征服するんでしたら、俺にも一枚噛ませてくださいよ。よくあるじゃないですか? 世界の半分を貴様にやろうってやつ、協力するんで、征服した暁にはハワイとかサイパンとかそこらへんの土地と、あと、巨万の富をくださいよ」
「ふん、貴様。なかなか強欲だな」
「それほどでも。んで、どうですか?」
俺はカップラーメンを食卓に運びながら訊いた。
「まぁ、良いだろう……しかし、人間は変わったな、我の時代であれば、巨万の富よりも安住の地よりも、人間は我の命を欲しがった」
「殺しとか、そういうのはダメですよ。逮捕されちゃいますからね」
「はぁー、まぁ、貴様が我の計画に、世界を征服し我を封印した憎き勇者の復讐を手伝うというのなら、利用するまでだ」
魔王は椅子に座りながらマントを翻し、不気味にほくそ笑んだ。
「で、貴様は先から何をしている、この熱々の液体と紐みたいな何が入ったこれはなんだ?」
「カップラーメンですよ、知らないんですか? 日本人のソールフードです」
魔王は目をパチクリさせカップラーメンを眺めた、のち、器の中を覗き込んだので、蒸気をモロに受け、少しうろたえた。
「ふん、食い物か。我ら魔族は食い物からエネルギーは得ない、これは要らんな」
「え、そうなんですか。俺も流石に二個喰いは業が深いというか……食べ過ぎというか……兎角言わずに、たんと召し上がれな、食わず嫌いはよく無いですよ」
俺は麺を掴み、魔王の口元へ差し出した。
「いや、食わず嫌いとかそういうのでなくてな、特性として、我々魔族は食べ物を食べないと言っているのだ」
「そんなこと関係ないです、ほら、美味しいですよ、食べてください」
俺は箸を魔王の顔に近づける。
「ちょ、熱い、熱い。おい人間、やめろ」
おでんを食べるリアクション芸人みたいな反応を魔王はする、なんか、面白い。
「ほらほらー、食べてくださいよぉ」
「わかった、たべるから、たべるから、その熱いのを我に向けるな」
一頻り魔王で遊んだのち。
魔王は息を切らしながら、子供のような掴み方で箸を持ち、麺を持ち上げると、唾を飲んだらしく、喉仏が上下する。意を決したように、一口。
「ほぉ、中々の美味だ、幼子の生き血の如くだ」
独特の感想を呟いたあと、魔王は一息でカップラーメンを平らげた。
「美味しいでしょ?」
「ああ、我は満足だ、こんなうまいものがこの世にあったとは、我の時代とでは大違いだ、本当に世の中は変わったな」
「ええ。そう言えば、魔王さんが封印される前の時代ってどんな感じだったんですか?」
不意なフラストレーションのまま、魔王に質問をぶつける。
「そうだな、まぁ、現代に流通している歴史には我の威を張っていた頃のことが記されておらんからな、貴様に少し教えてやろう」
魔王はグラサンの司令官がやりそうなポーズをし、ゆっくりと語り始めた。
「我は今の表記でいうところの、紀元前千四百年前に存在していた、大西洋に浮かぶ大陸を支配していたんだ、しかし、その大陸は勇者により滅ぼされた。その際に我も封印されたんだ」
「じゃあ、なんで日本に魔王さんを封印していた祠があったんですか?」
「それは、我にもよく分からんが、なんらかの因果律が働いたようだと我は考えている。それでだ、その頃の主流は魔術であり、神聖力の派生形である魔術を使い文明を築いていた。文明のレベルは驚くなかれ、今とほとんど変わらんかった」
「え! じゃあ、文明レベルはその頃から飛躍してないということですか?」
「いや、違う、我のいた文明は言った通り勇者により滅ぼされたんだ、故に文明も失われたのだ」
「なるほど」
「文明レベルは我の時代と今ではほとんど変わらないと言ったが、一つだけ決定的な差異がある」
「それは?」
「それは、娯楽だ!」
魔王は椅子から立ち上がり、腕を広げた。すごい熱弁だ。
「我の時代では娯楽と言ったら、女か、酒か、あとはコロシアムの観戦なんかしかなかったもんだが、聞くところによると、今はアニメ? マンガ? など、他にも沢山の娯楽ががあるらしいな、我はそれに興味がある」
「へーそうなんですか、俺はてっきり、娯楽などゴミだ、甘ったれるな、労働あるのみ! 的な考えだと思ってました」
「確かに我は黒っぽい格好して、実際に黒寄りの者だが、ブラック企業と同列扱いされては困る」
魔王は溜息を吐きながら、椅子に座り直し、頭を抑えた。と、思ったら、急にモジモジしだす。
「どうしたんですか? トイレですか?」
「いやー、そうじゃないんだ、あのだな、先も言った、アニメやマンガを貴様は持ってはいないか? 待っているなら、是非、我も一回興じてみたいのだが」
「そんなことですか、ええ、良いですよ」
魔王はパァと明るい笑顔を見せた、俺は寝室の本棚を指差し、「そこらへんの漫画適当に読んでてください」と言った。魔王は飛びつくように本棚に近づき、本を物色し始める。
「じゃあ、俺は風呂入ってくるんで」
カップラーメンを食べきった俺は寝室に魔王を残し、シャワーを浴びる、泥やら雨やら汗やらで、些か気持ち悪かったので心地いい、そして、少し落ち着くと思考はやっぱり魔王に寄った。
話を聞く限り、おそらく彼は魔王だ、確証はないが確信した。俺はもしかしたら、とんでもなく不味いことをしでかしたのかもしれない、極東裁判で戦犯判定されるくらいには、魔王の封印を解くのは重罪なのかもしれない、だとしたら、とことん悪い奴に身をやつすことにしよう。
発言の通り魔王に取り入り、リゾート地と金を貰おう、そうすれば、働かなくとも一生悠々自適に暮らせるな。
などと、理想の未来を夢想するが、世界征服など本当に達成出来るのだろうか、あの魔王は確かに魔法は使えたが、しかし、俺に弄ばれるぐらいには落ちこぼれているようにも感じる。
まぁ、どうでも良いや。とりあえず、あの魔王と行動すれば、この辟易するほど何にもない日常から抜けられるかもしれない。魔王もいきなり復活して困っているだろう、俺が魔王のスポンサーになれば、互いにウィンウィンの関係だ。
俺は頭で泡を作りながら、高揚感故高笑いをする。っしま! 目にシャンプーが入った。
「いだいだいだぁー!」
○
目をしっかりと洗い流し、俺はさっぱりというか、ゲンナリとしながら、魔王のいる寝室へと戻ってきた。
魔王は熱心に漫画を読み耽っている、なんとなく、その表情は厳つく、株式新聞を読む投資家か、競馬の新聞を見るギャンブラーのような顔つきだったので、俺は関わらないようにスマホで猫ちゃん動画を見て和んだ。
ふと気づき、時計を見ると結構良い時間だったので、
「魔王さん、俺寝るんで、魔王さんはリビングのソファーで寝てください」
「うむ、ああ? って、おい、貴様、我は魔王だぞ、普通ここは魔王である我がベットで寝るべきでは? いや、魔族はそもそも睡眠を取らないのだが、それにしても、普通はベットを譲るものだろう」
「嫌ですよ、魔王さんは寝ないんですから、ソファーでいいじゃないですか」
俺は魔王を無理やり寝室から追い出し、寝室のふすまを豪快に閉めた。
「おい、我はまだ、そこにあるマンガを全部は読んでいないぞ、ベットとかはどうでもいいから、マンガを寄越せ」
魔王は寝室のふすまを叩きながら言う、さながら、怒られて家から追い出された子供の如くだ。
俺はもう、ベットに横たわっていて、動くのが面倒だったので、
「スマホでも見てて暇つぶしててください、これさえあれば何時間でも暇潰せますよ、ふすま開けてください、今、投げますから」
そう言って、俺は懐のスマホをふすまの方に適当に投げる、魔王の慌てた声と共にふすまが開き、魔王の顔面にスマホがクリーンヒットする。
俺はそれを尻目に就寝した。
○
次の日、けたたましい目覚ましで起床し、リビングへ出ると、魔王がソファーにもたれかかり寝ていた。
昨晩、魔族は眠らないと豪語していたのだが、魔王は寝ている、疲れてしまったのだろうか?
そうして、魔王の横に置いてあったスマホを手に取り、電源をつけると充電は殆ど無かった。
魔王め、たくさん電池を使ったな、しかし、俺がスマホで暇つぶしをすることをすすめたんだ、仕方がない。
俺は充電機にスマホを繋いで、朝の猫ちゃん動画を見ようとしたが、妙に動画が再生されない、俺は不思議に思って画面上部を確認すると、Wi-Fi接続が切れ4Gになっていた、のち、今月の残りギガ数を確認すると、底をついている。
くそ、魔王め、あくまでも人間である俺を苦しめる気か。俺は無下にされた今月のギガの仇討ちにと、油性マジックペンで魔王の顔に落書きしてやった。
「まぁ、こんなもので許してやろう」
と、独り言を言っていたら、魔王が起きた。俺は咄嗟にペンを背後に隠した。
「寝てしまったようだ、この世界は魔力純度が低いな」
「おはよう、魔王さん、昨夜はお楽しみでしたね」
「ああ、まぁ、ネットサーフィンは楽しかったな、おかげで今についてかなり詳しく知ることができた」
「朝ごはん食べますか?」
「うむ、貰えるなら貰おうか」
俺はキッチンに移動し、食パンを焼きながら、魔王に訊いた。
「そう言えば、俺は魔王さんの世界征服計画に参加しても良いんでしたっけ?」
「ああ、無論だ。まず、世界を征服するには二つ必要なものがある、人員と財産だ、今の我にはどちらも無いからな、取り急ぎ、手に職つけるまでは貴様を利用させてもらう」
「魔王さん就職するんですか?」
魔王はコクリと頷く。
「ファーストフード店とかに勤める気ですか?」
「まぁ、そこらも視野に入れつつ、就職活動をしながら、世界征服に向け人員と財産の拡大を狙っていこうと思う」
「それなら、俺のスーツ借ります? 安物ですが、クローゼットの奥に埃かぶってると思うんで」
「おお、入社面接にはリクルートスーツ? たる、正装をしなくてはいけないと、ネットに書いてあった、これでスーツ代を捻出しなくとも良くなった。世界征服への第一歩だ」
俺はクローゼットの深層を漁って、出てきたスーツを魔王に渡した、魔王はいそいそと寝室で着替えて戻ってくる。
「うむ、なんだか、カチッとしたようなそんな感じだ」
スーツに魔王の角はアンバランスであり、ズボンの丈もあってはいなかった、更に、顔の落書きにより、もはや、ふざけてるとしか言いようがない。
俺は笑いを堪えつつお世辞を言った。
「似合ってますよー」
「なんだ、なぜそんなに口をつむんでいる、我の顔に何かついておるのか?」
「いえ……ゴホン、そんなことないですよ、とても似合ってます」
俺は空咳を放ち、切り替える。
魔王はしたり顔で腕を組み言った。
「貴様は我にスーツを貸した功績を表し、正式に我の部下と認めよう」
「ありがたき幸せ」
「でだ、正式に我の部下となった貴様には、収入が安定するまで、我にこのねぐらを提供する任をやろう」
「まぁ、一緒に暮らすのは良いんですが、何かしら魔王さんも俺にしてくれないとフェアじゃありませんよね?」
「いや、部下なんだから、我の言うことを聞くのは義務だろう」
「よくありませんよ、そういうの、ちゃんと部下にも忠誠の対価を支払わないと、そのうち呆れて、離れていっちゃいますからね」
「むぅ……まぁ、そうかもしれんな、じゃあ、我は貴様に何をやれば良い?」
「それくらい、自分で考えてくださいよ」
「そうか、では、そうだな……こういうのはどうだ、我の任を遂行した者には栄誉の称号を与えるというのは?」
「そんなんで誰が喜ぶんですか? 物質主義の昨今、そんなものは必要とされてません」
「そうなのか? 我が一言、大儀だった、と言えば、昔の部下は狂喜したものだが」
「今は時代が変わったんです、もっと、便利で役に立つような物じゃなきゃ」
魔王は顎に手を当て考えあぐねているので、俺は提案することにした。
「こういうのはどうです? 魔王さんが僕の家の家事を行うんです、掃除とか洗濯とか」
「何!? 我は一応魔王だぞ、我にそんな召使のようなことをさせるというのか?」
「魔王たって、ほぼ過去形じゃないですか、魔王さんがしなきゃ俺は世界征服するの諦めます、スーツも返してください」
「っく! 昔なら部下の一人や二人裏切られても大丈夫だったが、今、この状況、特にスーツを失うわけにはいかない……わかった、良いだろう、我が貴様の家の家事を担おうじゃないか!」
「ありがたき幸せ、そろそろパン焼けたと思うんで、そっちに持ってきますねー」
魔王は食卓に座った、俺は焼きたての食パン二枚と、マーガリンを手に食卓へ移動する。
魔王は食パンをペロリと平らげると、思い出したように言った。
「そうだ、スマホを今日一日我に貸せ」
「ダメですよ、スマホは現代人のマストアイテム、手放せません、どうしても欲しいなら、スマホを買えば良いじゃないですか?」
「それができないから貴様に頼んでいるというもの、スマホを買うにも金がいりようだろ、しかし、我は我らしからず無一文だ、故に貴様のスマホを所望する」
「はぁー、仕方ないですね。はいこれ」
俺は財布から数枚の万札を取り出し魔王に渡した。
「我に情けをかけるのか?」
「別に、そんなんじゃありませんよ、スマホは現代人のマストアイテムですからね、魔王さんも持ってて損はないと思いますし、なんでも一人でやろうとするのは効率がよくないですから」
「いや、しかし、貴様はまた、我に対価を望むだろう?」
「いいです、別に、これから世界征服する男への初期投資だとすれば安いもんでしょ?」
「ああ、確かにそうだな、これくらい、安いもんだ」
魔王はお金を受け取り、懐にしまった。
魔王に金を渡しておけば、恩を売ることができる、後々この恩は高く奉公で返してもらおう。
「じゃあ、俺はそろそろ大学に行くんで、あと、家の鍵を渡しときますね」
「わかった。忘れていたが、勇者パーティに出会ったら、速攻で逃げろよ」
俺は二つ返事で家を出た。
○
その日、帰宅した俺は魔王に顔の落書きについて言及されたのは言うまでもない、俺は俺の部族の友好の証だと言って誤魔化し、魔王はそれを鵜呑みにした。
この魔王、チョロいな。
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