逆襲の魔王

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 そして、一ヶ月が経過した。  魔王は無事にコンビニエンスストアにバイトとして仕事を貰い、俺とさして変わらない平凡な日常を送り始めた。  家と職場を行き来する毎日を……こんなの俺の思っていたのと違う! 全然違う! なんだこれは、俺と一緒に暮らすこの男は、一応は元なんちゃらで、昔は世界の覇権を握ろうと欲さんとする、アレだったのだろう。  それが今や、コンビニ店長にへつらい、俺の家の家事全般を行う、ただの生真面目な社会人へと成り下がってしまった。  もっと魔王なのだから、魔法を使って世界に混沌をもたらしたり、魔族の軍勢を従え国家を滅ぼすものではないのか?  これじゃあ、俺が一人暮らししていた頃と、あんまり変わんないじゃ無いですか!」 「先からうるさいぞ、少し静かにしてくれ、ココアさんの声が聞こえんではないか」  と、魔王はこのように、日本の娯楽に犯され、完全に腑抜けと化し、今は俺のリビングでアニメを見ていた。  着ている服も、黒のマントとローブから、Tシャツに短パンと、なんたる、ファンタジー要素の無さ。  その姿に、魔王の面影はなく、あるのは邪魔極まりない角だけだ、その角は何のためについている? 戦うためでないのか?  魔王は給金のほとんどを、アニメの円盤を買う金に使い、なんというか怠惰で堕落した日々を過ごしている。  が、まぁ、魔王はしっかりと俺の家の掃除と洗濯を遂行している、おかげで俺は家事をしなくて済むようになった。  やることはしっかりやっているのだし、余暇は魔王が好きなように使えばいい、世界征服できないのは少し残念だが、そもそも、アレは戯言も戯言、机上の空論で魔王も勢いで発言したに過ぎなく、つまりは無謀だったのだ。  魔王も、最初に会ったあの森以来魔法は使ってなく、おそらく、魔王は現代に適合しつつ、普通の人間へと変化しているのだろう。  俺的には、魔王はルンバの如く便利な存在なので、現状維持もいっこうにかまわなかった。 「ちょっと、最近魔王さん、アニメ見過ぎですよ、この家にテレビは一台しかないんです、俺にもゲームやらせてくださいー」  俺は魔王の肩を揉みながら、猫撫で声で言った。 「気持ち悪いぞ貴様、まぁ、この話が終わったら貴様と変わろう」 「わかりました、終わったら呼んでください」          ○  そんな訳で、魔王からテレビの使用権を奪還した俺は最近発売したレトロファンタジーロールプレイングをやり始めた。時代錯誤な八ビットのBGMに、美麗なドット絵、全盛期のRPGを踏襲した、昔懐かしのロープレだ。  故にストーリーも、世界に闇をもたらそうとする魔王と勇者の勧善懲悪的な戦いであり。そして、今俺は数日のやり込みの末、魔王の居城にカチコミに来ていた。  ゲーム内でセリフが再生される。 『我は魔王、世界に闇をもたらすもの。勇者よ、よくぞここまで来た、しかし、ここが貴様の墓場だ!』  戦闘が開始する。  魔王は魔王の血が騒ぐのか、俺の隣でテレビを食い入るように見つめていた。邪魔で仕方ない。  魔王はゲーム内の魔王がダメージを喰らうたびに、慌てたり、怒ったり、気を落としたり、反応する。それはなかなかに愉悦を感じた。  数分後、手に汗握る激闘の末俺は魔王を倒した。 『ぐわぁー! よもや、勇者の力がこれほどとは、しかし、我が死んでも第二第三の悪が、再びこの世界に闇をもたらすだろう、ギャアーー!』  ゲーム内の魔王は断末魔と共に、意味深な言葉を残しつつ、消滅した。魔王は少し悲しげにため息を吐きつつ、テレビに食い入るのをやめた。 「やはり、魔王とは勇者に倒されるものなのか?」 「まぁ、そうですね。倒されないと話が終わりませんし、それにですね、今の魔王が倒されたところで、続編で新魔王とかスーパー魔王とか、そんなのが出てくるんで、魔王は亡くなったら足してくだけです」  魔王は肩を落とし、落胆を示した。と思うと、プルプル震えだし、果てには叫び始めた。 「娯楽によりすっかり忘れていたが、我は明日から世界征服を本気でやるぞぉー!」  魔王の声明に同調するよう、外からパトカーや消防車のサイレンの音が聞こえてくる。  魔王はゲーム内の魔王が倒されたことにより、焚きつけられたらしい。 「あんまり大きな声は出さないでください、隣の人から苦情が来ますから」 「それはすまなかった、ゴホン……おい、貴様、世界征服には人員と財産が必要だと言ったが、他は何が必要か?」 「うーん、そうですねー、俺世界征服したことないんでわかりません」 「そうか、まぁ、貴様にはさして期待はしていない」  そう言った魔王はおもむろに懐からスマホを取り出し。 「OK Google、世界征服の仕方」  はぁー、そんなんで見つかるはずはないだろう。  第一、ググール先生に世界征服の仕方を訊く魔王が何処にいると? あ、ここにいた。  嗚呼、頭痛がしてきた。そんな俺をよそに、魔王は興奮気味で。 「あったぞ! 世界征服の仕方〜世界を我が手に! 絶対失敗しない、悪の支配者になる方法!」 「マジですか?」 「ああ、マジだ。どれどれ、どんな有益な情報が……」 「なんて書いてあるんですか、俺にも見せてください」  俺は魔王のスマホを覗き込む、そこには、魔王が負けてしまう要因が箇条書きで書かれていた、一部抜粋。 * 捕えた敵を殺す前にのんびりとほくそ笑んだりしない。 * 殺しかけた敵に「最後の頼みだ、秘密を教えてくれ」と言われても、断る。 * ヒントになるような暗号や謎解きの類を部屋に残さない。  https://www.google.co.jp/amp/s/www.lifehacker.jp/amp/2012/12/121229kotaku_evil_overlord.htmlから引用。  これは、まぁ、俗に言う、エイプリルフール的なネタサイトだな。  魔王はジョークが分からず憤慨する。 「なんだ! これは、こんな間抜けな魔王がいてたまるか! ……しかし、よくよく考えてみれば、魔城は勇者が辿り着けるような形に作られていたし、敵を前にしたら油断して笑ったり、ぽろっちゃうな我は……」 「つまり、この記事は結構的を射ているんですか?」 「そうかもな、思い返してみれば、我は勇者に倒されるべくして行動していたような、罠が解除されることとか普通想定しないだろう?」 「俺に聞かれても、魔城とか作ったことないんで」 「ふむ、そうか。だが、これは世界征服の仕方でなく、世界征服をする際に気をつける点ではないか、我はhowを求めているのだ」  その後、ネットを適当に漁ったが、世界征服の方法を記しているネットの記事は見つからなかった。まぁ、至極当然のことであろう。 「ググール先生にも分からないことはあるんだな。しかし、まいった、これでは我はどうすればいいのか……」 「魔王さんは昔どんな方法で世界征服していたんですか?」 「ああ、昔はな魔族の部下を使役し、人間たちの村々を襲って、服従させてきた。つまるところ戦争をしていた訳だが、今の我には戦力となるものが皆無だ」 「じゃあ、仲間を増やせばいいじゃないですか、酒場とかに行って、今の時代、魔王さんが魔王だと気づく人はいませんよ」 「しかしだなー、酒場に行き仲間を募るのは勇者の常套手段、真似はしたくない! ここは、そうだな……」  魔王は考え耽った、俺もそれに続く。  ふと、部屋に貼ってあったバンドのポスターが目に止まった。  確か、あのバンドは、ほとんど無名だったが、ビラ配りやら路上ライブなんかで人気をはくし、今年の春にメジャーレビューを成し遂げたんだったな。 「そうだ! あのバンド! ビラ配りとか路上パフォーマンスで仲間を募るんですよ! 政治家の選挙運動みたいに」  俺は嬉々として魔王に提案した。 「なるほど、しかし、仲間を募るったて、我以外の魔族は滅んでしまったのだぞ、どの種族を仲間にするんだ」 「そこは人間でいいじゃないですか? 今の時代、社会にいろいろ思ってる奴ら多いですからね、そいつらを先導(扇動)するんですよ」 「ふふ、貴様、人間ながらなんと悪どいのか、貴様は今から我が軍の参謀だ。よろしく頼むぞ」 「ありがたき幸せ」          ○  次の日、昨晩制作したビラのデータを持ち、魔王の働いているコンビニへと立ち寄った。  今日は早速、世界征服に向けビラ配りをするらしく、コンビニにはビラを印刷しにきたのだ。  魔王も世界征服活動をするにあたって、最初に出会った時に着ていた黒のローブにマントをを身につけ、やる気満々だ。 「お! まおくん、今日シフトないけどどうしたの? 隣の子は友達?」  コンビニに入店すると、店長と思しき中年の男が話しかけてきた。俺は魔王にチャチャをいれる。 「魔王さん、まおくんって呼ばれてるんですか? ふふ」 「うるさいな、我の身分が知れたら、我は死刑だからな、致し方なく偽名を使っている……。ええ、まぁ、そんなとこっす」  耳打ちでこっそりと俺に、物騒なことを言ったあと、魔王は人が変わったように、笑顔で中年男性と話を合わす。  しかし、見てくれが魔王のそれなので、もし、魔王の存在を信じる者がいるのなら、直ぐにバレてしまうだろう。  そもそも、今から世界征服のためのビラ配りに繰り出そうってのに……どうやら、魔王は店長に自分が魔王をやっていることを隠したいようだ。  まぁ、その気持ちは分かる、俺も後輩に告白した次の日から、耳にタコが出来て、その上にまた、タコができるくらいには、件についていじられたからな。  思い出しただけでも忌々しい。 「まおくんって私服禍々しいなぁ、このマントとか特注? すごいスベスベしてるんだね、コスプレってやつ」  中年男性は魔王のマントをビラビラさせながら問う、魔王はむず痒そうに堪えた笑みを浮かべていた。  どうやら、魔王はマントを触られたくないらしい、俺が魔王と初めてあった際にマントをビラビラさせた時も、掌から炎を出したくらいだからな。  ……ニヤリ。 「そうですよね、このマントちょースベスベですよね」  俺は中年男性に同調し、マントをベタベタ触った。  男二人が他人のつけてるマントをベタベタ触り、マントを身につけてる当人はそれに耐えると言う、意味不明な、光景が完成した。 「あ、あの、もうそろそろ、マントを触るのやめてくれませんか?」  魔王は耐えかねたのか、中年男性にそう言ったのち、俺にアイスピックのような紫電を飛ばした。ドキリとする。 「おお、そうだな。それで、今日はどうしたの? 何のよう?」  中年男性は訊く。 「あ、ちょっと、印刷機を借りにきまして……」  魔王は頭を掻きながら言った。いつにもなく、低い腰だ。 「じゃあ、奢ってあげるよ、まおくんはよく働いてくれるからね」 「そんな、悪いですよ店長さん。店長さんも本部に搾取されてキツイのでしょ?」 「それとこれとは別だよ、ささ、遠慮なく使いな」 「じ、じゃあ、お言葉に甘えて」  店長と魔王の日本人特有のアレを見つつ、俺はそそくさとビラを沢山刷った。  魔王は店長と、レジ前で何やら話し込んでいるようなので、俺は一人で印刷機を操作する。  無料とのことなので、印刷機の限界まで刷るようにした。しかし、何千枚も印刷するとなると時間も結構かかり。 「遅いね、まおくんのお友達、印刷機の操作分からないのかな?」  などと、店長は魔王と話しながら印刷機のあるところまで来た。  店長と魔王は穿つようなビラの柱を見て、口をアングリと開ける。なぜだろう? 「無料だって言われたので、印刷機の限界まで刷ってますが、なんか、俺やっちゃいましたか?」 「う、ううん、そんなことないよ、奢るって言ったしね、何枚でも刷っていいからね」  店長はなぜか額に汗を浮かべている、店内はクーラーが効いていて寒いくらいなのに、なぜだろうか?  しかし、これほどの枚数の紙を運ぶとなると一苦労だ。あ、そうだ。 「あのー、店長さん。台車と……あとあればダンボールも貸してくれませんか?」 「わ、分かった。直ぐに持ってくるよ」  店長はレジの裏に走って行った。それを確認すると、魔王は上擦った声で言ってきた。 「お、おい、さすがにこれは印刷しすぎだろう。今日中にこれを全部配るのは、無理だと思うぞ、我は、それに値段も……」 「別に、ビラ配りは仲間がたくさん増えるまでやるんですから、たくさんあるに越したことはないですよ、また別の日もこれを配れば良いんですからね。それに、毎回毎回コンビニにビラを印刷しに行くのは面倒じゃないですか」 「う、うーむ、ま、まぁ、そうなのか?」  と、魔王と話してるうち、台車を引きながら店長が戻ってきた、台車の上には折り畳まれたダンボールが乗っていた。 「これで良いかな?」 「ええ、ありがとうございます」  俺は礼を言い、ダンボールを組み立て、ビラを詰めた。 「ほら、魔王さんも手伝って」  その後、数百枚近いビラをダンボールに詰め終わり、魔王と共にコンビニを出た。魔王は退店する際、何度も謝っていた。  ちなみに、印刷したビラのデザインは、黒の背景に魔王軍募集と明朝体のフォントで作られたシンプルなものであり、後は魔王のメールアドレスが下に書かれている。  そののち、魔王は溜息を吐きながら、一言発した。「ただより怖いものはない」と。
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