逆襲の魔王

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4  市内の中心部にある私鉄のターミナルジャンクションと言うこともあってか、駅前は大いに賑わっていた。  それに今日は休日、暇な若者たちがわらわらと存ずる。  まぁ、そんなわけでどこぞの北口駅的なところの広場の中心にて、俺と魔王はビラ配りを始めた。  しかし、夏の暑さを少し舐めすぎていたようだ。  七月の初旬はまだ梅雨らしさがあり、肌寒く感じる日和も多くはなかったが、八月に入ってから、太陽は強い日差しのバーゲンセールを行っているらしく、大粒の汗が各所からダラダラと溢れでる。  そんな中、魔王は黒のマントにローブと見ているだけで熱中症と脱水症状を併発しても過不足ないくらいの格好をしているにも関わらず、汗一粒額に浮かべていなかった。 「魔王さん、汗かかないんですか?」 「ああ、我は魔族だ、汗などかかん」  そんな無駄口を叩きつつ、俺と魔王は果敢に通行人にビラを差し出す、しかし、まぁ、通行人のほとんどは無視して通過していく。  結局午前中の一時間くらいでビラは数枚減ったのみだった。  これはいただけない。  俺は駅前広場の木陰のベンチに座り、魔王とコンビニで買った弁当を食べながら、午前中の反省会議をしていた。 「ダメですね、魔王軍に参加してくれる人なかなか見つかりませんね」 「うむ、何故だかさっぱりわからん。我の頃であればあちらから願い出て魔王軍に志願する者も少なくはなかったのに」 「やっぱり、ビラを配るだけでなく、演説とかパフォーマンスをしなければ意味がないいんじゃないんですか?」 「それはどう言うことだ?」 「例えば、群衆の前で魔法を使ったりして、魔王の力を誇示するんです。そうすれば、魔王さんの力に惹かれて仲間が増えるはずです。まぁ、用は政治家の公約的なアレですよ」 「なるほど、では、午後からはそうしよう。さすがは我が軍の参謀だ」 「ありがたき幸せ」          ○  そんな訳で午後の部。魔王は適当に通行人の前で魔法を披露することになった。  俺は呼び込みを行う。 「さぁさぁ皆さん、今から世界に闇をもたらす、魔族を統べる王、魔王が皆さんにその力の一端をお見せしましょう」  案の定、通行人は迷惑そうな視線、俺たちを指差す童女に、それをやめさせる童女の母親。俺たちの元に逆風が吹き荒れる。  魔王はそんな風諸共せず、マントを翻し、左手を穿つように掲げ、叫んだ。 「スノーアイス!」  すると、広場の頭上に鉛色の雲が出現し、雪が降り始める。  通行人は途端な気温の変化や、上空から降る雪に気づき、戸惑い始めた、俺はすかさず。 「この雪は魔王が降らせたものです、タネも仕掛けもありませんよ、なにしろ、魔王は魔法が使えますからね、これは魔法です」  唐突に降り始めた季節違いの雪に通行人はどよめき、あっという間に、魔王に興味を持った人たちが、人溜りを形成した。  十分に集客ができたようだ。 「そうだ、おい、貴様、我と決闘せよ」  そう言って、魔王は空間から木刀を取り出し、俺に渡した。 「なんでですか?」 「ほら、コロシアムだ。我の頃の娯楽を今の奴らに見せてやるんだ、本気ではやらんから心配するな、とりあえず、我に突っ込んでくればそれで良い、あとは我がどうにかする。分かってると思うが、貴様は我を持ち上げる噛ませ役だからな」  魔王は俺に耳打ちしそう言った。  痛いのは嫌だが、群衆の前で魔王が宣言した手前、拒否権はなく、俺は泣く泣く魔王との決闘を了承。 「分かりました、魔王さん。かかってきてください!」  俺は啖呵を切り、人間が取り囲むリングにて戦いが始まる。 「うぇーーーーいー!」  俺は叫びながら、魔王に接近、ジャンプして斬りつけた。しかし、魔王は慣れた手つきで、木刀を受け流す。  そのままの勢いで、俺の木刀は虚しく地面を叩いた、して、俺は魔王に大きな隙を与えてしまい、一太刀浴びる。  しかし、痛くはない。恐らく魔王が防護魔法か何かを俺にかけたのだろう。これが出来レースの八百長なのを確信した。  だが、反動はあるようで、俺は人の壁に当たる、と思うと、肉壁を構築する人間たちが俺の背を押し、再び、魔王との間合いが構築される。  魔王と睨み合い、魔王はいつものアニメを見ている姿からは想像のつかないほど、厳つく、その角の威を示していた。  膠着状態を解いたのは魔王の方だった、一足踏み込み魔王は刀を振り下ろす、俺は咄嗟に木刀で斬撃を受けとめる。  群衆は俺たちのワンモーションワンモーションに熱狂し、歓声を上げた。 「ぐぐぐぐぅ」 「ふん、なかなか耐えるでないか? では、もう少しだけ、力を解放するか」  魔王はそんな茶番じみた台詞を抜かし、木刀に込める力を強めた。俺も負けじと、木刀を握る力を強める。  と思うと、魔王は急に力を弱めたせいで、力が相殺しなくなり、有り余った力が空に飛んだ。  またも、大きな隙を魔王に見せてしまった。魔王はここぞとばかり、刀を振るう。  俺は跳躍し、斬撃をかわした。  一息つくまもなく、魔王は俺の間合いに飛び込み、激しい打ち合い。俺は斬撃を捌くのに集中する。  打ち合いの末、俺は魔王の僅かばかりの隙を見出し、刀を突き出した。魔王は跳躍しそれをかわす。  ワイヤーアクションでもやってるかの如く、オーバーな動きで俺の刺突をかわす。さながら、アクション映画のようだ。群衆もその迫力に歓喜の声を上げた。  空中で体をひねらし三秒ほど浮遊し落ちてきた魔王は、重力の力を利用し、俺に強力な大刀を浴びせようとするが、さすがにこれは予想できたので、避けることができ、その後の魔王の着地硬直の隙を突くように、俺は横なぎ払を行う。  魔王はマトリックスのかの有名なシーンを再現し、俺のなぎ払をかわした。  一進一退の攻防、戦いはデートヒットしていく、が、五分近くも膠着した戦いを見せられては群衆も飽きると言うもの、この模擬戦は魔王の力を誇示するために行なっている、まぁ、頃合いを見つけ、俺は負けなくてはならない。  その頃合いはそろそろか?  と、俺が力を弱め始めたその頃、ちょうど尻目に見知った顔が映った、あれはバイト先の、俺の意中である後輩だ。つまるところ、後輩は俺と魔王との戦いを見ていたのだ。  これは、後輩に格好悪い姿を見せるわけにはいかない! 俺は本気で魔王を殺しにかかる。 「うぇーーーーいー!」  魔王に飛びかかり、刀で殴ると思わせて俺は飛び蹴りした。魔王は俺の蹴りを受け、人の壁にぶつかり、跳ね返される。  少し困惑した表情の魔王、俺は突撃し、魔王と俺の木刀がぶつかり、そこで力の相殺が発生した。  魔王は困惑した表情をして、小声で話しかけてくる。 「おい、貴様、そろそろ負けてくれないか、群衆も飽きてきている。この辺りで我が勝たないと、これ以上は逆効果だ」 「そんなこと関係ありませんよ、これは真剣で神聖なる決闘なんですから」  俺はまた蹴りを行い、魔王は狼狽る、その隙を俺は見逃さず、剣を振りかぶり、思い切り振り下ろす。  もらった!  が、しかし、魔王は掌から炎を出し、俺は怯んで尻餅をついてしまった。  膝をつく俺に、魔王は木刀の刃先を向け言った。 「さすが我が軍の参謀、しかし、我の敵ではない!」 「クッコロ!」  やりとりを終え、群衆は欣喜雀躍、盛り上がった。しかし、バイトの後輩にダサいところを見られてしまったな。          ○  戦いが終わった俺は、魔王と昼飯を食べた木陰のベンチにて、ミネラルウォーターを飲み喉を潤していた。  魔王は、俺との決闘パフォーマンスが終わった後も、さまざまな魔法を発現させ、仲間集めに奮闘していた。  群衆は魔王の魔法を物珍しそうに眺め、笑ったり、はしゃいでいる。俺にはあんな元気残ってはいない、もう限界なのだ。しかし、俺は気を抜いてはならなかった。  なぜか?  俺の隣に意中である後輩が座っているからだ。  後輩は、セミロングの髪を揺らし問う。   「先輩何してたんですか?」 「魔王軍に入る人を集めていてな、後輩も入るか?」  俺はそう言って、ハニカミながらビラを一枚、後輩に渡した。 「ふふ、先輩、面白いことしてるんですね」 「そうか?」  後輩は笑窪を作る。うむ、可愛い。 「先輩と一緒にチャンバラしてたあの人は誰なんですか?」 「あの人は魔王さんだ、見ての通り魔法が使える」 「え! あれ、魔法なんですか? マジックか、何かじゃないんですか?」  後輩は口元にパーの手を持ってきて驚いた。 「ああ、あれは正真正銘魔法だ、俺が保証しよう」 「先輩に保証されても……でも、魔王と一緒に魔王軍に入る人を集めてるなんて、先輩すごいです、尊敬します」  後輩は羨望の眼差しを俺に向ける、尊敬しますだなんて、俺は言われたことなかったので、嬉しい。 「ま、まぁ、それほどでもあるかなぁー」  会話が途切れる。  少し経って、後輩は急にモジモジしだした、催したのか? 「あのぉー、先輩……私、あの時は先輩の告白断っちゃいましたけど、別にぃ、嫌じゃありませんでしたからね」  後輩はそう言うと、ふらりと立ち上がる。と同時に、後輩の甘い香りが鼻腔を刺激した。 「ちょ、それは、いったい、どう言う意味……」  後輩は俺のフラストレーションにまかせた詰問を、からかうようにして一礼し、どこかへ去って行った。  それはまるで、青天の霹靂のように……いや、一陣の風のように……なんか、上手いこと言おうと思ったが、よくわからない感じになってしまった。  とにかく、後輩のあのニュアンス。後輩はきっと、俺に少なからず好意を抱いているはずだ。でないと、あんな発言しないはず。  俺は嬉しさと気恥ずかしさのあまり、足をバタバタし、顔を手で覆った。 「なにしてるんだ? 気持ち悪いぞ、貴様」  前方から声がする。俺は一瞬心臓が止まり、のち、平然を装い言葉を紡ぐ。 「ああ、魔王さん、どうしたんです? 軍に入りたい人沢山見つかりましたか?」 「うむ、その件なのだがな、少し、警備員の方が話があるらーー」  魔王の言葉を遮るように、小太りの警備員が言葉を出す。 「君たち、この広場は基本的には大道芸の類は禁止してるから、どんな手法を使ったかは知らないけど、雪なんか降らせちゃ重罪だね。君たちみたいのが勝手すると困るんだよ」 「ああ、はい」 「まぁ、今回は初犯だから罰金三十万をもらおうか」 「さ、三十万ですか?」  魔王は叫声を上げる。 「ほら、そこの看板に書いてあるでしょ、このロータリーは私鉄の所有地だからね」  確かに看板にはそう言う旨がか書かれていたが、目立たない位置に小さい文字で書いてあったので、私鉄は俺たちのような許可無しストリートパフォーマーから金を巻き上げるビジネスで一儲けしているに違いない。  だが、ルールを破ったのは俺らだ。反論の余地はない。 「さ、三十万なんて大金払えませんよ」  魔王は苦言を呈する。だが、警備員は無情にも。 「決まりは決まりだからね、払ってもらわないと、コッチも困るんだよね、仕事だから」  魔王は俺に向かって、憤然と。 「貴様、三十万を我にかせ」 「いやですよ、魔王さんのために魔王軍勧誘やってるんですから、責任は魔王さんにあるはずですよ」 「グヌヌ……」 「払えないなら、連絡先教えて、後日ローン制で返してもらうから」  警備員は事務的に淡々とそう告げた。魔王は今にも頭を抱えそうである。 「こうなったら……逃げるぞ!」  魔王は脱兎の如く、韋駄天ばしりを開始する。俺もそれに続き、魔王の背中を追った。  警備員は俺らを追っかけてきたが、警備員の体型は運動不足の典型例。俺らはスタミナにものを言わせ、警備員を撒いた。          ○  河川敷に到着して、そこの野原に俺らは寝っ転がる。 「危なかったな」  魔王は息を切らしながら、つぶやいた。 「ええ、そうですね」  俺はそう答えた。 「そう言えば、貴様決闘した際のアレ……まぁいいか、我の記憶違いだ……。空が綺麗だな」  魔王は何かを言いかけてやめ、そう言った。俺はこたえる。 「本当に、そうですね」  蒼穹が目の前に広がり、爽やかな風が焼けた空気を動かす。  安堵感故、俺たちは笑った。
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