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2.『音』『爆発』『ロープ』(0424)
私は夜が好きだ。誰もが寝静まった静寂の中に自分がたてる微かな音が聞こえたとき「間違いなく生きているんだ」と感じることができる。
誰もが奇妙だというけれど、ときには部屋を出てしじまの中を彷徨う。
真夜中の散歩の快感は経験したものにしかわからない妙な充足感を与えてくれる。
おそらくそれは普通ではないことだからかもしれない。
もちろん夜に働く人もいるし、自分だって終電に乗り遅れるほどの残業や、羽目を外した日には深夜のアスファルトでヒールの音をたてた。
でも違う。
仕方なく夜の中を歩くのではない。敢えてというところに意味があるのだと思う。
人々の浅い眠りを邪魔することがないように、そして何か危険に遭遇したときには全力で走れるように靴はもちろんスニーカー。
決して焦らずぽつんぽつんと浮かぶ電灯を辿り歩く。
そんなに遠くに行くわけではないけれど、車道ではない道を進む。住宅街のアスファルト道は不思議と昼間より幅広く感じる。
明るい時間に自転車で通り過ぎる公園も広く感じた。
遊具たちも眠っている。肌に感じる程度の風ではブランコも揺れはしない。公園の入口にある自動販売機だけが誰に見つけてもらえるわけでもないのに煌々と光り、小さくブーンという音をたてている。静寂の中に響くくぐもった音は、たしかに動いているけれど聞こえない自分の心臓の音と等しいものに感じた。この夜のしじまの中に存在している仲間。ただの機械でしかない自動販売機にそんな感覚を覚えるのも、夜が作り出す静寂と独特な雰囲気のせいだろう。儚く寂しげで危うい。
ポケットに入れた小銭入れから、ちょうど缶コーヒーの代金を出して自動販売機に入れる。居眠りを起こされた子供のように、小さなボタンたちが光を放った。目当てのひとつを押すとガダゴドゴンと。静寂の中では小さな爆発が起こったように響いてしまい、慌てて取り口を押さえた。
小さな爆発の余韻の音。それはきっと存在していないけれど私の中に響く。あり得ないものが存在していても不思議はない。それがきっと夜という世界なのだから。
園灯から少し離れた公園のベンチに座り、缶コーヒーのプルトップを開ける。また音が響いてしまわないように気をつけて開けると指先が濡れてしまった。
コクと喉を鳴らして缶コーヒーを飲みながら、昼間の子供達の笑い声の残響を探して園内を見渡していたとき、滑り台に真っ白な蛇が絡みついているのが見えた。
こんな住宅街の公園にいるはずもない大きな蛇。真っ白なその体はまるで神の使いのようだ。
聞こえないはずの心臓の音が聞こえる。缶を持つ手が少し震えている。私は見てはいけないものを見てしまったのかもしれない。
いや、でも神の使いの白蛇ならば悪さをするためにいるのではないだろう。
もしかしたら彼はこうして毎夜、昼間にこの公園に生まれた悪意を清めているのかもしれない。子供達の中で起きた小さないざこざと、そこで芽生えてしまった幼い悪意を清め、明日また彼らの明るい元気な声がこの公園に溢れることを祈って。
そう考えた途端、手の震えは止まり心臓の音も聞こえなくなった。しじまにはブーンという自動販売機の音が戻ってくる。
缶コーヒーをベンチの上に置いて立ち上がり、滑り台に向かって両手を合わせた。
「どうぞ穏やかな明日を、子供達の笑顔をこの公園にお導きください」
数秒祈ってから、空いた缶をゴミ入れに持って行ったとき、神の使いの正体を知る。
音が出ないように、ゴミ入れの底に缶を置くように捨てて公園を後にした。
笑いたい気持ちを堪える。声になってはいけない。ミッドナイト、人々は眠りの中だ。
見えないものは見えていないだけで存在する。それならば見えたものが本当は違う姿を持っていることを誰に否定できるだろう。
悪魔も神も人間の心の中にも存在しているのだから。
今夜はそんな言い訳をしながら、穏やかな日々について考えてみよう。
〈fin〉
(翌朝、小学校で)
「チカちゃん、大縄跳びのロープあったよ、やっぱり公園に忘れてたんだ」
〈本当のfin〉
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