5.『日射し』『余地』『地面』(0427)

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5.『日射し』『余地』『地面』(0427)

空には雲ひとつない。最高の運動会日和。お約束のように校庭には万国旗がはためく。 まさか中学になってもこんな旗が飾られることはないだろう。運動会という名前も違うと思う。だから今日が最後の運動会だ。 万国旗の間を抜けて差し込む日射しの向こう、トラックの中央あたりで陽菜はさっきから忙しそうに走り回っている。石灰で消えかけた線を引いたり、低学年の手をとってスタートラインに並ばせたり。 「体育委員長として一年で一番忙しい日」 朝、そう言って1時間も早く学校に来た。 「空は早く行かなくてもいいよ」 って言った陽菜に、 「児童会役員だから」 と適当な嘘をついて僕もいつものように一緒に登校したんだ。 陽菜は相変わらず手提げカバンをグルングルン回しながら、 「今日、頑張ろうね」 とニコリと笑った。 最後の学年で陽菜と同じクラスになれたことは最高のハッピー。身長も陽菜より3センチ高くなった。成績はまだ敵わないけれど。 陽菜は相変わらず、テストはクラスで一番だし歌も上手い。その上運動神経もバツグンでクラスの人気者だ。 体育委員長になるときも、全員から推薦されたってもう一人の体育委員の長田が言ってた。もちろん今日のハイライト、クラスリレーの選手でもある。僕は惜しいところで選ばれなかった。だから目の前のトラックを走り抜ける陽菜を全力で応援する予定。 そんな予定が変わったのはほんの数分前。クラスのリレー選手だった三宅が階段を踏み外して捻挫した。そして先生が僕に代わりに出てくれないかと言ったんだ。 リレーチームの居残りバトン練習にも参加していない、でも補欠はいない、今日は陽菜の最後の運動会、陽菜の最後のリレー、迷っている余地はない。 「6年生リレー選手は、スタート場所に集合してください」 そんな呼出に僕は立ち上がった。クラスのみんなが「頼んだぞ」と口々に言う、プレッシャー。僕は運動会のリレー選手に選ばれたことがない。だからプレッシャーというのも初体験! スタート地点に集合していたら、トラックの方から陽菜と数人の体育委員が走ってくる。みんな強者達。僕はコクリと唾を飲んだ。 青いクラス鉢巻を陽菜からもらうとき、 「空、頑張ろうね!空からバトンをもらうのはアンカーの私だから待ってるから」  陽菜はそう言って小さくガッツポーズをした。 リレー選手は1チーム4人。順番は男女どちらからでもいい。うちのクラスは男子から、僕は泉さんからバトンを貰ってアンカーの陽菜に繋ぐ。 走るのが苦手なわけじゃない。でも待っている場所に座ったとき、周りが全員僕よりも速く見えた。女子だって。 「位置について」 クラウチングスタートの姿勢に入ったトップバッター達が地面を見ていた顔をゆっくりとあげる。 「用意」 バン! ピストルの音に、みんなの靴が一斉に土を蹴った。 そして僕たち三走はラインの横に立つ。早く来たクラスからラインに並ぶために。 やっぱりトップを男子にしたクラスが早い。100mなんてあっというまだ。1位のクラスが二走の女子にバトンを渡した。青いハチマキは2位。後ろから3位の男子が間を詰めてくる。 「青!」 呼ばれてラインに出た。心臓が飛び出しそうだ。でもトラックの反対側で、100m先で陽菜が待っている。 近づいてくる泉さんを見ながらリードを取ろうと思うけれど、女子のスピードがわからない。もうスタートしていいのか?僕はゆっくりリードを始める。 「空!」 泉さんの声に右手を後ろに出した。掌に当たったバトンを握り思いっきり土を蹴った。 ただがむしゃらに走った。1位の男子にもう少しで追いつく。 1番で陽菜にバトンを渡すんだ! でも差は縮まらない。 その時、バトンを持ち替えるのを忘れていることに気づく。持ち替えようとしたとき、足が何かに引っかかって、顔に地面が近づいてきた。 最悪だ・・こんなことになるなんて! こんなカーブを曲がるところでバトンの持ち替えなんかしたから。でもこのバトンは絶対に守る!僕は左手のバトンを抱きしめるように左肩から地面に突っ込んでいく。 「空!」 陽菜の声だ、強くてよく通る。陽菜の最後のリレー。僕は陽菜にバトンを渡すんだ! 左肩から地面に突っ込んだ僕の身体は、まるで手をつかない前転をするようにグルンと回って起き上がった。 目が回った感じ。 何が起きたのかわからない僕の耳に、 「空!!」 陽菜の声だけが真っ直ぐに届く。進む方角はそちらだけ、あの声が聞こえた方。 僕はそのまま走った。 「空!」 また導きの声。 陽菜が見えた。青いハチマキで思いっきり手を振っている。 「陽菜!」 リードを取り始めた陽菜に叫ぶ。陽菜が右手を後ろに出した。 パシッ! 陽菜の掌に当てたバトンを彼女がしっかりと握った。そしてあっというまに僕から離れていく。 僕は、先生に手を引っ張っられてトラックの中に転がり込んだ。 陽菜は風のように走る。あっという間に小さくなって、前を走る女子を抜かした。そしてその前を走る男子にどんどん近づいて行く。風のように、風を味方にしたように。 「陽菜ー!イケーッ!!」 僕はグランドに座り込んだまま、叫んだ。こんなに叫んだのは生まれて初めてだ。 ◆ 陽菜は相変わらず手提げカバンをグルングルン回しながら歩く。また縁石を歩きながら 「足、大丈夫?捻挫とかしてない?」 と聞いてくれた。 「足は大丈夫だけど、肩が痛い」 そう答えて左肩を動かそうとしたけれど、そうすると痛かった。 「打撲だね。でも空、左利きで良かったね」 「どうして?」 「合気道の受身は最初利き腕から練習するんだ。その方がやりやすいから」 「合気道?陽菜、合気道習ってるの?」 「パパが教えてくれる」  そう言った陽菜はまた縁石の切れ目を飛んだ。あと半年くらいで中学生になるのに、相変わらず低学年みたいなことをするし、相変わらずパパのことが大好きだ。 「陽菜、危ないよ」 注意すると、陽菜はチラリと僕を見てから、 「転けないよ」 と言ってアカンベーをした。 そんな陽菜にちょっとムッとしてから 「優勝おめでとう!」 と言うと、 「空もね!」 と微笑んで返してくれてから、また縁石に乗っている。 「危ないから」 というと、僕を見てから 「空、優勝おめでとう!転けたけど」 そう言って、またアカンベーをしてから手提げカバンをグルングルンと回した。 〈fin〉
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