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7.『団子』『蒸気』『助手席』(0429)
高速を走っていると外の景色はよくわからないけれど、窓を少し開けたときに入ってくる風の冷たさで北に向かっていることがわかる。渋滞もかなりましになっている。
後ろのチャイルドシートでは隆が眠っている。少し前から助手席の妻からも寝息が聞こえる。やれやれと息を吐いてカーステレオのスピーカーを運転席よりにセットし、好きなjazzをかけた。久しぶりだ。
運転をする方が好きな曲を選ぶ権利がある。付き合っていた頃から二人で決めたルールは、隆が生まれてから変わってしまった。車の中ではいつも隆の好きな童謡やアニメソングが流れている。近所の買い物に車を使うときや、週末どこかに行くときは感じなかったけれど、実家まで帰る長距離ドライブのときはさすがに音だけで疲れた。
妻も僕も音楽が好きだ。彼女はポップス系で僕はjazz一辺倒だったけれど。おそらく今は家でも彼女はポップスを聴くことはほとんどないのだろう。そしてそれを自然なことと受け止めている気がする。低く響くウッドベースの音にほっとしながら、そんなことを考えていた。
「あっ、jazz聴いてる」
助手席の妻を起こしてしまったようだ。
「ごめん、起こした?」
「いいよ、運転する方が好きな音楽をかけるルールだもん」
あの頃のルールを覚えていてくれたことに何故か嬉しくなった。
「最近、何か聴いてる?」
「聴いてないなあ」
答えを聴いて、昔よくかけていた妻の好きな曲に選び直した。
「いいのに」
そう言いながらも妻の横顔に浮かんだ笑みが嬉しそうに感じる。
「ごめんね、運転任せきりで」
「いいよ、こちらこそ隆のことおまえに任せきり」
ほんの少しの昇級と昇給で、家族と過ごす時間は極端に減ったと思う。
「いいよ、でもここぞってときに出てきてね、お父さん!」
ここぞってとき。男の子だから母親にはわからないことも出てくるんだろうな、これから。
「マカセナサイ!」
「頼りにしてます」
そのときがきて、いきなり父親顔しても駄目なのかもしれないと思いながら、バックミラーに映った後部座席を見ると、隆がもぞもぞと動いた。
「オシッコ」
目を擦りながら言ったとき、パーキングの案内表示が見えた。
「PA入るわ」
助手席に向かって言って車線を変更する。
広い駐車場は混んでいる。ゆっくりと走りながらスペースを探していたとき、
「ママ、あれなあに?」
窓硝子に張り付いてPAの人混みを見ていた隆が言った。
「どれ?」
「もくもくしてる」
「ああ、あれはね、おまんじゅうを蒸している蒸し器。あの木の部分に入っているおまんじゅうを蒸気であっためてるのよ」
「ふ〜ん、食べたい」
「降りてトイレ行ったら食べようね」
僕はベンダーの珈琲を飲もう、濃いブラックがいい。
なかなかスペースが見つからない中、じれじれし始めた隆が窓に張り付いたまま言った。
「ママ、あれお団子?」
「あれはおまんじゅう」
「お団子とおまんじゅうはいっしょ?」
「違うよ」
「どうちがうの?」
隆は早く降りたくて仕方がないようだ。トイレに行きたいのか、湯気の立つ蒸し器の中の物が早く見たいのか。
「味が違うわね」
「あまいの?」
「甘いわね」
「あんこさん入ってる?」
「入ってるよ、どっちも」
「じゃあいっしょだ」
「違うよ」
「まるい?」
「丸いね」
「どっちも?」
「どっちも」
妻が少し苛々している気がする。もしかしたら彼女もトイレに行きたいのかもしれない。
「おまんじゅうとおだんごはいっしょ〜」
隆は歌うように言う。
「違うよ、隆。一緒じゃないからね」
「え〜、どうちがうのさ〜?」
隆の言い方が5歳男子らしい少し反抗的な響きをもってくる。
「だから違うの」
「だからぁどうちがうのさあ〜」
パラドックスの入口はこんな感じかもしれない。
あと数台待てば駐車できそうだ。
「どうって・・・パパに教えてもらいなさい」
えっ?
「パパァ、どうちがうのぉ〜?」
今か?今なのか?今がここぞなのか?
「ねぇ〜パパ〜」
饅頭と団子の違い・・確かに違う。でも僕はどちらかというと甘いものは食べない。いや、でも確かに違う。食感が違う、確か材料も違うはずだ。作り方は・・知らない。
「パパァ〜」
助手席を見ると妻は何やら鞄をごそごそとしている。
「ねぇってばあ〜」
隆、おまえは本当に知りたいのか?それが何かおまえの人生にプラスになるのか?
なあミツコ、今か?今がさっき言ってたここぞってときか?
「あっパパ、あそこ空きそう」
「あっ、ああ」
指さされた方に車を進める。車が動きだすと隆は静かになった。
これは妻のナイスフォローなのか?
「オシッコいきたい〜!」
「はいはい、もうちょっとガマンして」
駐車するとすぐに、妻は隆に上着を着せて車を降りた。
「トイレの前ね!」
そう言って離れていく二人の背中を見ながら、スマホを開いて『団子と饅頭の違い』と入力した。
車を降りてロックしてから両手を腰にあてて伸ばす。視界に入った販売スペースで『酒饅頭』と書かれたのぼりの隣の蒸し器から、温かそうな白い湯気が青空に登っていく。
師走の冷気の中に吸い込まれていくような湯気を見上げて思う。ここぞはいきなり来るに違いない。とりあえず、トイレに行ってブラックコーヒーを飲んでおこう。
〈fin〉
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