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雫が、怪訝そうに俺を見上げた。
「どうしたんですか、壮馬さん?」
「別に……ただ、少し眩暈が」
俺がそう言いながら、軽く額を押さえた瞬間だった。
「えっ!?」
雫が、眩暈を吹き飛ばすほど大きな声を上げた。氷塊の瞳は、見事なまでに真ん丸になっている。
「お疲れですか? まさか病気?」
自分で「病気」と口にした途端、雫は息を吞み、左手で口許を覆った。俺は慌てて言う。
「いえ、たいしたことでは──」
「どうしてそんなことがわかるんですか!」
鞭で打つようにぴしゃりと言って、雫は持っていた箒を白峰さんに押しつける。
「宮司さまに、休ませていただけるよう話してきます。壮馬さんは、ここでじっとしていてください」
「いや、本当にたいしたことでは──」
「いいから! じっとしてて!」
敬語が抜けた。
何ヵ月も一緒に働いて、初めて──。
どう返していいかわからないうちに、雫は社務所の方へと駆け出してしまう。
巫女が穿いている緋色の袴は、慣れないと走るどころか、歩くことすら難しい。慣れても、すばやく動くにはとても向いていない衣類らしい。
そのことをまったく感じさせない、陸上系の大会に出場したら優勝できるんじゃないかと思ってしまうほどの、ものすごいスピードだった。一本に束ねた黒髪は猫のしっぽのように揺れながら、瞬く間に小さくなっていく。
なんだ、雫のあの態度は? わからない。本当にもう、まったくもって全然訳がわからない。
けれど。
「にやけすぎだぞ、坊や」
白峰さんに言われて慌てて頰に力を込めようとしたが、うまくはいかなかった。
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