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外国人観光客は、右手で自分と雫の前髪を交互に指差し、左手を振りながら去っていった。雫は「ありがとうございます」と上ずった声で応じつつ、自分の前髪に触れる。
しかし外国人観光客が鳥居に続く階段を下りていった瞬間、噓のように感情を消し去り、氷の無表情になった。いつものことながら、笑顔は参拝者限定だ。
でも、緊張していたのはかわいい。
「社務所に戻りますよ、壮馬さん」
雫はそう言うなり、俺の返事も待たずに歩き出す。心なしか、いつもより早足だ。
ますます、かわいい。
「写真を撮る前に髪形をほめられてたら、もっと緊張してたんでしょうね」
気づいたときにはからかうような口調で、そんな言葉が口から滑り出ていた。
雫が足をとめ、俺を振り返る。氷塊のような瞳からは、ちょっとたじろぐほどの冷気が迸っている。
怒らせてしまったか? 反射的に身構えたが、雫は首を横に振って息をついた。
「壮馬さんにはわかってほしかったです。この髪形だから不甲斐なくて、緊張していたこと」
え?
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