巫女さんの前髪

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 この髪形──前髪があるから不甲斐ないということか?  意味がわからないでいると、雫は左手で前髪をかき上げた。形のよいおでこが露になる。 「巫女の髪形は、神さまに顔をお見せするために、こうしておでこを出すことが原則なんです」  次いで、「ほら。この方が、顔がよく見えるでしょう」と言われた……のだと思う。  おでこを出した雫が新鮮で、よく聞こえなかった。  一緒に出かけるときおでこを出すことはあるけれど、そのときは私服だから……。巫女装束だと、これはこれでまた違った魅力が……。心構えができてなかったから、不意打ちでこんなものを見せられると……。  見惚れかける俺に気づくことなく、雫は続ける。 「最近は、巫女が前髪を下ろすことを認める神社も増えていますが、宮司さまや氏子さんの目が厳しい神社ほど、原則を重んじる傾向にあるようですね」  言われてみれば、テレビやニュースサイトで見る巫女さんには、おでこを出している人が多い気がする。  でも。 「神職は、そんなにおでこを出してませんよね」  「神職は巫女よりも『神さまに顔をお見せする』という意識が薄いのかもしれません。でも女性神職は、男性に較べるとおでこを出している率が高いように思います」  そういえば琴子(ことこ)さん──兄貴の奥さんで神職──は、いつもおでこを出している。いつだか、ビールジョッキを片手に「神さまは私の顔を見たいだろうからさ」と言いながら、おでこを撫でていたこともあった。 「酒に強いのに珍しく酔ってる」と思ったが、白面(しらふ)で言っていたのか。  雫は「おわかりいただけたようですね」と言わんばかりにちょっとだけ顎を上げ、左手を前髪から放した。闇夜を塗ったような黒髪がはらりと落ちて、おでこを覆う。  神社にはいろんなしきたりがあるんだな、と納得しかけた俺だが、すぐに疑問が湧き上がる。 「だったら、どうして雫さんはおでこを隠してるんですか?」
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