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雫の参拝者への応対。これは間違いなく完璧だ。
「愛嬌を振り撒くのは巫女の務め」というモットーが正しいかはさておき、雫の応対は評判がいい。もともと源神社のGoogleクチコミは「宮司が超イケメン」に類する投稿が多かったが、2月に雫が奉職してからは「巫女さんがかわいい」「気持ちよく応対してくれる」「もはや天使」というものが増えているらしい。
しかし雫は、首を横に振って歩き出した。
「それも、できて当たり前です」
天使扱いされることが「当たり前」とは思えないが。
俺がなにも言えないでいるうちに、雫は続ける。
「結局わたしは、巫女として最低限のことしかできていないということ。神さまにお見せする顔がないから、おでこを出せないんです」
「でも雫さんの実家と違って、源神社には『未熟な巫女は額を出してはいけない』なんてしきたりありませんよね」
追いかけながら言う俺に、雫は頷いた。
「それでも、おでこを出す気にはなれません。そんな未熟者が参拝者さまと写真を撮ることはおそれ多くて、緊張してしまいます」
雫は追いついた俺を見上げると、人差し指を唇に当てた。
「みなさんには内緒にしてくださいね。こんな風に考えていると知られたくありませんから」
「わかりました」と答える俺の胸は、熱くなっていた。
俺は大学を中退して、自分さがしの真っ最中だ。でも四つも年下のこの子は、しっかりと自分の道を見据えて、しかも、こんなにも自分を律している。
自然と、拳に力が入る。
雫には本当にいろいろと教えられると思った──このときは。
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