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その日の夜。草壁家の居間。雫と琴子さんは、早めに部屋に上がった。
俺は兄貴と酒を飲みながら、雫の前髪の話をした。「内緒」と言われたが、宮司の兄貴なら知っているだろう、と自分に言い訳した。
要は、まあ、雫の話を誰かとしたかったのである。
「へえ。雫ちゃんが、そんなことを」
「もしかして、兄貴は知らなかったのか」
「うん。知らなかった」
しまった。でも宮司と言えば、会社の社長のようなものだ。その人が知っただけなら、雫も怒りはしないだろう。
そう思った瞬間、兄貴は続けた。
「『未熟な巫女は額を出してはいけない』なんてしきたり、知らなかった。地域の慣習や宮司の方針にもよるけど、そんな神社はないんじゃないかな」
え?
「雫ちゃんが前髪を下ろしているのは、単にその方がかわいいからだと思うよ。最初に来た日に、僕が『うちの神社は前髪OK』と教えたら、ほっとしていたから」
「そんな。おでこを出してもかわいいのに!」
「驚くのはそこ?」
満面の笑みを浮かべる兄貴から目を逸らし、俺はビール缶をあおって気を鎮める。
「じゃあ、雫さんは噓をついたのか。どうして?」
「壮馬にからかわれたから、ごまかしたんじゃないの?」
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