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ごまかした? 俺にからかわれたから?
──写真を撮る前に髪形をほめられてたら、もっと緊張してたんでしょうね。
俺がそう言ったとき、確かに雫の瞳からは、ちょっとたじろぐほどの冷気が迸っていたが……。
ということは、雫が写真を撮られるとき表情が硬いのは、単に緊張しているだけ? でも兄貴が知らないだけで、そういうしきたりがあるのかもしれないし……。雫のことだから、しきたりがないなら神さまに顔を見せるため前髪を上げそうだし……。でも17歳の女の子ではあるわけで、前髪を下ろした方がかわいいと思っているなら……。だめだ、わからない。
「明日、雫さんに確かめてみるか」
呟き、ビール缶を座卓に戻そうとする俺に、兄貴はにこにこ顔で身を乗り出してきた。
「確かめて大丈夫? もし『壮馬にからかわれたから噓をついてごまかした』が真相だった場合、壮馬が僕にしゃべったことを知ったら、雫ちゃんはどう思うかな?」
ビール缶を戻そうとする手が、虚空で停止した。
──みなさんには内緒にしてくださいね、と申し上げたはずですが。
冷え冷えとした眼差しで俺を見据え、全身から絶対零度の波動を逬らせる久遠雫。
その姿が脳裏に浮かび、鳥肌が立った。
兄貴は、やけに満足そうにぐい飲みを傾ける。
「僕にばらされるのが嫌なら、早く雫ちゃんとくっつくことだね。がんばるんだよ、壮馬。じゃあ、お休み。片づけは、僕がしておいてあげよう」
凍りついたまま動けない俺の前で手際よく食器をまとめ、兄貴は鼻歌まじりに居間から出ていく。
一人残された俺は、ビール缶を手にしたまま動けなかった。
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