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それから俺は、頭を冷やしたくて横浜駅近辺をぶらついた。帰ってきたのは、夕方5時すぎ。巫女舞の稽古はもう終わっていて、風花ちゃんは家に帰っている。本番まであと3回、源神社に来ると言う。
雫には雫の考えがあることはわかる。でも夕食後、居間で二人きりになったタイミングで、俺は切り出した。
「風花ちゃんに『俺と結婚している』と言えば、巫女舞の稽古に集中すると思ったんですよね。でも──俺が言うのもなんだけど──あの子の俺への気持ちは本物なんです。噓をつくのはかわいそうすぎませんか」
「そうは思いません。巫女舞とは神さまに捧げるもの。壮馬さん目当てで舞うことは許されない。そんな不純な動機で舞おうとするなら、たとえ子どもであってもそれ相応の態度で接するまでです」
雫は最初、風花ちゃんを神社関係者と見なし、素顔を見せていた。でも風花ちゃんの目的を知り、参拝者向けの笑顔になったというわけか。
でも、やっぱりやりすぎだ。そう反論しかけたが、雫の双眸に真摯な光が灯っているのを見て言葉が消える。
かつて雫は、巫女舞を私怨に利用したことがある。それを兄貴に見抜かれ、無期限謹慎を言い渡された。そのときのことを思い出しているに違いない。
なにも言えなかった。
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